副会長人事をめぐる「疑惑」と日弁連の姿勢
疑惑をかけられている側が、中身のある弁明しない――。前政権以来、そうした政治家や官僚の姿を見せつけられてきました。現首相も、「差し控える」の濫発です。法的な手続や人事関連など、その都度、お決まりのとってつけた理由が被せられますが、どんなに説明責任ということが問われようと、結局、ゼロ回答ということです。
もちろん、そのとってつけた理由が、真の理由ではないという疑惑を被せられていることも、彼らは分かっていたはずです。当然、本当の理由は、別の不都合でいえないのだろうという疑惑になるのですから。ただ、さらに問題は、その疑惑を含めて、この姿勢が通用すると彼らが考えたととれることです。答えなくても、説明しなくてもなんとかなるのだ、と。
そこには、大衆や社会に対する大きな侮りが見て取れます。疑惑をかけられている状態を不健全と考え、なんとかそれを晴らそうとする公明性へのこだわり。それが、社会・大衆の批判的目線の秤に乗せられている。つまりは、それは、特に積極的に対応せずとも済むものであれば、それで済ましてしまおうという程度の彼らのこだわりを表し、同時にその程度に社会・大衆が侮られていることを表しているようにしか見えないのです。
残念ながら、弁護士会のなかでも、それと同じような気持ちさせる案件があります。男女共同参画のポジティブ・アクションとして、2018年度から導入された、13人の日弁連副会長に加えた、2人の女性枠、いわゆる「クオータ制」に三度立候補し、先日、今回についても落選が決まった武本夕香子弁護士と話して改めて分かったのは、同制の現状から透けて見える、今の日弁連の不透明な実態です。
残念ながら、今のところこの制度は、沢山の女性弁護士が、この副会長女性枠に、名乗りを挙げているわけではありません。むしろ、成り手がいないという話も聞こえているなかで、おそらく唯一の立候補者である武本弁護士は三度落選し、毎回弁護士会連合会(ブロック会)等から推薦の2名が選ばれる結果となっています。
選考は日弁連会長を委員長とし、副会長経験者等で構成する実行委員会で選考されますが、その選考経過や理由は会員にはもちろん、立候補者である武本弁護士にも一切明らかにされていません。現時点で、自分以外の誰が2名選ばれたのかも、また他に立候補者がいたのかも分かりません。
要するに、ここには二つの問題があるといえます。武本弁護士が落選し続けているという現実と、密室運用されているクオータ制の現実です。前者についていえば、そこにある疑惑は、司法改革の問題性を指摘し、反改革派の「ジャンヌダルク」と称され、弁護士会内では「反主流派」とされている彼女が、主流派によって排除されている、ということです(「弁護士坂野真一のブログ」) 。
いうまでもなく、その疑惑は排除の論理そのものということになります。執行部方針に沿う人材を、執行部の息のかかったメンバーが、毎度選出しているのではないか。女性枠の本来の趣旨からいえば、自ら手を挙げて、この役職に名乗りを挙げている人のヤル気を上回る価値がそこになければならないことになりますが、それも明らかにされることがありません。
そして、後者こそ、冒頭の疑惑に対する姿勢が被ります。内容や位置付けが違うとはいえ、日本学術会議の任命拒否問題をめぐり、日弁連・弁護士会は具体的理由が示されない任命除外を問題視しています(日弁連会長声明、山梨県弁会長声明、広島弁会長声明、神奈川県弁護士会会長声明)
任命されなかった6人の安保法制をはじめ政府の政策に異議を唱えた、そのことによって排除されたのではないかという疑惑に、理由を明らかにして対応しないことを問題視する姿勢と、明らかに矛盾しているようにみえます。「お膝元のことはどうなんだ」といわれても仕方が現実ともいえます。お膝元では彼らお得意の「人事のことなので」という理由だけでなんとかできる、ということでしょうか。
若干、不思議なのは、こうした疑惑を言われるくらいならば、実行委員会のなかで、「多数決によって決めた」という説明する、という選択もしないということはどういうことなのか、ということです。主流派による主流派の選考という結論であったとしても、そういう形式的な説明すら必要もないということなのでしょうか。それとも、実行委員会内の総意とか多数意見とは、別の意思で最終決定しているからということでしょうか。弁護士的ではない印象を受けます。
さらにいえば、仮に反主流派であることが理由であるとしても、そこまでクオータ制での副会長就任にヤル気を見せている(そもそもの男女共同参画促進という制度の本来の趣旨からも)武本弁護士を、副会長にしないメリットが、そこまで主流派にあると考えるべきなのでしょうか。「改革」に関しても、会内に一定の異論があることを考えれば、執行部として多様な意見を反映させる(させようとしている)という姿勢を示す方がいいとは考えないのでしょうか。疑惑をかけられるくらいならば。
そう考えてしまうと、やはり弁護士会員との関係で、日弁連執行部は、「通用する」と考えているというところに行き着いてしまいます。会員の多数が「主流派」を支持し、それでよしとしているというならば、話は終わってしまうかもしれません。しかし、冒頭のこの国の権力者たちの場合と同様、それで疑惑が消えたことにはできません。「侮られている」と感じている会員もいるはずです。
弁護士自治と弁護士会の強制加入制度の必要性について、ご意見をお聞かせ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4794
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もちろん、そのとってつけた理由が、真の理由ではないという疑惑を被せられていることも、彼らは分かっていたはずです。当然、本当の理由は、別の不都合でいえないのだろうという疑惑になるのですから。ただ、さらに問題は、その疑惑を含めて、この姿勢が通用すると彼らが考えたととれることです。答えなくても、説明しなくてもなんとかなるのだ、と。
そこには、大衆や社会に対する大きな侮りが見て取れます。疑惑をかけられている状態を不健全と考え、なんとかそれを晴らそうとする公明性へのこだわり。それが、社会・大衆の批判的目線の秤に乗せられている。つまりは、それは、特に積極的に対応せずとも済むものであれば、それで済ましてしまおうという程度の彼らのこだわりを表し、同時にその程度に社会・大衆が侮られていることを表しているようにしか見えないのです。
残念ながら、弁護士会のなかでも、それと同じような気持ちさせる案件があります。男女共同参画のポジティブ・アクションとして、2018年度から導入された、13人の日弁連副会長に加えた、2人の女性枠、いわゆる「クオータ制」に三度立候補し、先日、今回についても落選が決まった武本夕香子弁護士と話して改めて分かったのは、同制の現状から透けて見える、今の日弁連の不透明な実態です。
残念ながら、今のところこの制度は、沢山の女性弁護士が、この副会長女性枠に、名乗りを挙げているわけではありません。むしろ、成り手がいないという話も聞こえているなかで、おそらく唯一の立候補者である武本弁護士は三度落選し、毎回弁護士会連合会(ブロック会)等から推薦の2名が選ばれる結果となっています。
選考は日弁連会長を委員長とし、副会長経験者等で構成する実行委員会で選考されますが、その選考経過や理由は会員にはもちろん、立候補者である武本弁護士にも一切明らかにされていません。現時点で、自分以外の誰が2名選ばれたのかも、また他に立候補者がいたのかも分かりません。
要するに、ここには二つの問題があるといえます。武本弁護士が落選し続けているという現実と、密室運用されているクオータ制の現実です。前者についていえば、そこにある疑惑は、司法改革の問題性を指摘し、反改革派の「ジャンヌダルク」と称され、弁護士会内では「反主流派」とされている彼女が、主流派によって排除されている、ということです(「弁護士坂野真一のブログ」) 。
いうまでもなく、その疑惑は排除の論理そのものということになります。執行部方針に沿う人材を、執行部の息のかかったメンバーが、毎度選出しているのではないか。女性枠の本来の趣旨からいえば、自ら手を挙げて、この役職に名乗りを挙げている人のヤル気を上回る価値がそこになければならないことになりますが、それも明らかにされることがありません。
そして、後者こそ、冒頭の疑惑に対する姿勢が被ります。内容や位置付けが違うとはいえ、日本学術会議の任命拒否問題をめぐり、日弁連・弁護士会は具体的理由が示されない任命除外を問題視しています(日弁連会長声明、山梨県弁会長声明、広島弁会長声明、神奈川県弁護士会会長声明)
任命されなかった6人の安保法制をはじめ政府の政策に異議を唱えた、そのことによって排除されたのではないかという疑惑に、理由を明らかにして対応しないことを問題視する姿勢と、明らかに矛盾しているようにみえます。「お膝元のことはどうなんだ」といわれても仕方が現実ともいえます。お膝元では彼らお得意の「人事のことなので」という理由だけでなんとかできる、ということでしょうか。
若干、不思議なのは、こうした疑惑を言われるくらいならば、実行委員会のなかで、「多数決によって決めた」という説明する、という選択もしないということはどういうことなのか、ということです。主流派による主流派の選考という結論であったとしても、そういう形式的な説明すら必要もないということなのでしょうか。それとも、実行委員会内の総意とか多数意見とは、別の意思で最終決定しているからということでしょうか。弁護士的ではない印象を受けます。
さらにいえば、仮に反主流派であることが理由であるとしても、そこまでクオータ制での副会長就任にヤル気を見せている(そもそもの男女共同参画促進という制度の本来の趣旨からも)武本弁護士を、副会長にしないメリットが、そこまで主流派にあると考えるべきなのでしょうか。「改革」に関しても、会内に一定の異論があることを考えれば、執行部として多様な意見を反映させる(させようとしている)という姿勢を示す方がいいとは考えないのでしょうか。疑惑をかけられるくらいならば。
そう考えてしまうと、やはり弁護士会員との関係で、日弁連執行部は、「通用する」と考えているというところに行き着いてしまいます。会員の多数が「主流派」を支持し、それでよしとしているというならば、話は終わってしまうかもしれません。しかし、冒頭のこの国の権力者たちの場合と同様、それで疑惑が消えたことにはできません。「侮られている」と感じている会員もいるはずです。
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