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    給費制「フォーラム」の戦況と戦術

     司法修習生の「給費制」廃止問題の議論には、本来、大きく二つの切り口があるように思います。ひとつは実害の問題。法曹の卵たちが経済的にやっていかれるかどうか、このことは昨年、弁護士会側の主張で注目された「お金持ちしかなれない」といった人材の偏りや機会保障、さらには志望者の減少といったことを、「給費制」がなくなることの負の影響としてとらえるものです。

     そして、もう一つは、そもそも弁護士になる司法修習生を国費で養成することの妥当性、あるいは養成してきたことの意味という観点です。

     既にその内容が報道で流れ、弁護士の中には「給費制」維持を主張する日弁連側の「ミッドウェー海戦並みの大敗北」(「福岡若手弁護士のblog」)とまでいわれている7月13日に開かれた政府「法曹の養成に関するフォーラム」第3回会議の議事録を改めてみれば、その表現もまた言い得て妙の感があります。

     およそ印象としては、弁護士委員と日弁連側オブザーバーが撃ち尽くした全弾ことごとく他の委員に跳ね返されている、といったものです。その戦況を良くみれば、要するに前者の切り口に突っ込んでいったことで主張の根拠をさらに失ってしまったように見えます。

     どういうことかといえば、前者の切り口で突っ込んでいった日弁連につきつけられたのは、将来弁護士がそれなりに稼げているという統計、奨学金利用者が法科大学院生全体の半数という現実、したがって経済的にやれる人間まで一律支給する不合理性でした。貸与制が経済的な問題をカバーし得るとなれば、人材の偏りや機会保障の話は根拠性を失います。

     さらに、志望者減少は、基本的には合格率の問題として打ち返されています。やや防戦にまわる弁護士側は合格率と活動分野の不拡大とあわせた経済的負担の複合的根拠説を持ち出して反撃していますが、既に「貸与制」で対応し得る現状という描き方の前には、それが有効なものにはなっていないようでした。

     とりわけ日弁連側の主張で、印象に残ったのは、司法制度改革審議会が提示した修了者の7、8割合格や合格3000人という目標と絡めた論法を展開したことです。日弁連側オブザーバーはこう主張しました。

     「新たな法曹養成制度では,司法試験に70~80%が合格することが期待されたり、いろいろと法曹に対するニーズが広がったりするということが期待されておりました。そして、貸与制が平成16年にいったん導入されました。これは、期待された司法改革、そのための新たな法曹養成制度が、順回転といいましょうか、うまくいった場合を前提にしていました。年間3000人ぐらいの司法試験合格者が出てくれば、予算的にも大変であろう。弁護士になれば収入はあるだろう。主にそのような理由から貸与制導入が決まったと理解しております」

     このあと弁護士委員も発言のなかで同様の主張をしますが、大学関係者の委員から、当時の議論として貸与制への切り替えは、法曹養成全体の改革の経費の問題からくるもので、合格3000人とは連動しない、と打ち返されています。弁護士委員は「貸与制と3000人を絡めるつもりがない」と反論しますが、前記言葉通りとれば、明らかに3000人未達成が、貸与制移行の前提を失ったといっているようにとれます。

     日弁連側はなぜここで、こんな主張を展開したのでしょうか。司法審路線に忠実である日弁連は、2010年の合格3000人と7、8割合格の達成を信じ、そのころには「弁護士になれば収入はあるだろう」という見通しで貸与制が決まったと信じてきたのだ、ということを言いたかったのでしょうか。それとも3000人未達成という現実が、特別な説得力を持つという読みでしょうか。

     日弁連がどれだけ夢を見ていたのか、ということもさることながら、この主張は3000人を達成し、司法審路線が目標に到達していたならば、「給費制」は当然、返上する意味合いのものだということを決定的に示しているように思います。

     つまり、冒頭の二つの切り口に返れば、一つ目の切り口に総力戦を挑んだ結果、議論の俎上から二つ目の切り口を除外した、あるいは除外された形になったのではないかと思えます。弁護士側からすれば、現実的な経済問題を主張するなかでも、本来的にこの「給費制」がとられてきた意義をかっちり踏まえていくべきたったのではないかということです。「やれるなら」いつでも返上、ととられかねない姿勢は、根本的なこの制度主張の立脚点を弱め、必ずしも現状を反映していないともとれる統計的数値を突きつけられることで瓦解しかねない戦陣を組むことにつながったのではないか、ととれるのです。

     もっとも、この「フォーラム」委員の陣容を見た弁護士のなかには、こうした戦いになることを予想していた人もいました。あくまで戦術的な問題ではないという弁護士の方もいるとは思います。それでも、今回の弁護士側の戦術に対する評価はかなり分かれると思います。

     しかし、「給費制」維持を求める弁護士側は、まだあきらめていません。経済的な負担を柱とするいくつかの主張が、ことごとくフォーラム委員から跳ね返され、貸与制移行を前提とする議論の方向が示されたことで、既に虎の子の空母4隻を失ったかのような、敗北感も持つ弁護士もいるようですが、「それでも給費制は必要」と最後まで戦う姿勢の弁護士たちがまだ沢山います。

     長くこの国でとられてきた「給費制」とは何だったのか、永久にこれが消えてしまう前に、そのことを国民に提示する戦いをしてもらいたいとは思います。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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