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    「改革」と弁護士会への「絶望」レベル 

     「もう投票しなくていい。僕はもうあきらめた」

     先の衆院選挙について、ネット上に流れた映画監督で作家の森達也氏のこの発言は、今年1年のなかでとても印象に残るものでした(「ポリタス」)。300議席超の一党独裁とともに、よりリアルとなる自民憲法改正草案や集団的自衛権行使。大手メディアや週刊誌には「国益」「売国」という言葉が並び、多くの人が摩擦なくこれを口にする。メディアは権力監視装置としての機能を放棄しかけ、武器輸出三原則の問題も、閣僚のヘイトスピーチ団体幹部との記念撮影も大きな問題にならない――。彼は言います。

     「書きながら鬱になる。もうこれ以上は書きたくない。だってこれは愚痴と言い訳だ。僕は精一杯抗った。でも力及ばなかった。後世に自分をそう慰める」
     「だからもう投票には行かなくていい。落ちるなら徹底して落ちたほうがいい。敗戦にしても原発事故にしても、この国は絶望が足りない。何度も同じことをくりかえしている。だからもっと絶望するために、史上最低の投票率で(それは要するに現状肯定の意思なのだから)、一党独裁を完成させてほしい。その主体は現政権ではない。この国の有権者だ」

     とにかく選挙へ、という声のなかで、もちろん彼自身がそのことの意義を十分分かっていたうえで発せられたこの言葉。彼を支配した大きな「絶望」と、それを共有しきれないこの国の多くの有権者と政治家たち。私たちに鋭く突き付けられた、そしてある意味、勇気のいる言葉ながら、彼をしてこうとしか伝えようのない現実が今、私たちの前にあることを改めて感じました。

     「絶望が足りない」。こうした響きをもった論調が、今年、弁護士界のなかでもより聞かれるようになりました。「改革」が生み出している大きな影響を止めることができる見通しが立たない法曹界。中核という位置付けにこだわり、「価値」の実証的な評価よりもあくまで「強制化」によって負担を課し続けるプロセスの新法曹養成と、年3000人の旗が降ろされても増え続ける弁護士の現状と将来性から、離れていく志望者たち。経済的な状況悪化とともに、これまでのような公益的活動を会員負担によって推進する弁護士会から離れていく若手弁護士会員たちの意識。生き残りのためにより採算性の追求を余儀なくされている弁護士の存在感や社会的価値は下降し、独立も人権も社会正義にも縛られない、経済界や権力に「使い勝手」のいい「有資格者」の価値に注目する方向に向かっている「改革」の現実――。 

     このもはや業界の変質を通り越した崩壊の兆しが見えるなかで、「改革」を論議する有識者たちからも日弁連主導層からも、この流れを止める強い危機感を読みとれない。ならば「落ちるなら徹底して落ちたほうがいい」と。志望者が徹底的にこの世界を見離し、弁護士会にあっては会員の意識がどんどん離反し、社会的な弁護士の評価もさらに下がり、弁護士自治の崩壊が完全に現実化するまで、この流れは変わらない。数年前では考えられなかったような、絶望的な言葉を今年はいくつも耳にすることになりました。そのなかには、真剣に転職を考える若手たちの声もありました。

     もちろん、その間に失うものの大きさと、それに気付いた時点で果たしてそれが取り戻せるのかを考えれば、この考えが最良であるわけがありません。森氏の絶望も、むしろその最悪の選択を推奨せざるを得ない現実にある、ともいえます。

     昨年最後のブログエントリーで、「改革」と日弁連に対する急速な失望感と徒労感の広がりについて書きましたが(「『期待感』が失われつつある現実」 )、 それを反映して2月の日弁連会長選挙では46.64%という通常選挙で史上最低の投票率、全会員の三分の一しか信任を得ていない会長の誕生となりました。残念ながら、個々の会員の失望は絶望に変わりつつあるように見えますが、それでも前記主導層は変わらない。このままの状態で選挙をすれば、あるいは日弁連は史上最低投票率を更新し続けるという声まで聞かれます。もっともこれもまた、森氏の見方に沿わせれば「現状肯定の意思」ともとれるわけですが。

     大雑把にくくってしまえば、社会の目線からは、これらはいずも大方コップの中のことです。そして、マスコミを通じて伝えられている「改革」の描き方からすれば、ここで起こっていることは、あるいは依然として最終的に市民、国民に「改革」のメリットが回って来るプロセスとされるかもしれません。弁護士は「既得権益」をもった資格、弁護士会もその擁護団体であり、それを壊さなければ市民、国民に本当の利はないのだ、と。しかし、実はその「改革」の描き方のなかで、確実に失いつつあるものがあります。つまり、本当に「市民のため」に筋を通すことができる弁護士、私たちが安心して頼れる弁護士の存在です。

     一般の市民にとっては、司法も弁護士もかかわる必要が生じて、はじめて知る世界だけに、このことを多くの国民が感じるのは、もっともっとあとのことかもしれません。だから、もちろん私たち国民の「絶望」は足りません。しかし、今、二つのことを記憶しておく必要があると思います。一つは、アンフェアな伝えられ方の裏で、危機感を持つ関係者も止められない「改革」の流れが存在したこと(「法科大学院の『くびき』」)。そして、もう一つは、それが森氏が「絶望」したこの国の状況と時を同じくして進められたことです(「『弁護士等』へ拡大される本当の意味」 「金沢弁護士会、特定秘密法反対活動『自粛』という前例」)。

     今年も、「弁護士観察日記」をお読み頂きましてありがとうございました。また、いつも皆様から頂戴する貴重なコメントは、大変参考になり、時に励まされ、助けられました。この場を借りて御礼申し上げます。来年も引き続き、よろしくお願い致します。
     皆様、よいお年をお迎え下さい。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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