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    「大きな弁護士会」の末路

     最近でこそ、あまり耳にすることがなくなりましたが、かつて今回の司法改革をめぐり、さかんに「大きな司法」ということがいわれました。これまでのこの国の司法は、小さ過ぎたのであり、物的・人的設備が拡大されるべきなのだ、という発想です。

     今、思えば、当時、この発想に最も強く反応したのは、弁護士(会)ではなかったかと思います。国家予算に占める司法予算の少なさを批判し、つとに弁護士には自己犠牲でその穴を埋めてきたという意識がありました。そこに弁護士会内の「改革」の先導役となった中坊公平弁護士は、「二割司法」という、この国に大量の泣き寝入りや不正解決がはびこるという、司法機能不全論を持ち込んだ。弁護士(会)が、「改革」の「大きな司法」に飛びつく状況とお膳立ては存在していたというべきです。

     しかし、今、弁護士(会)が強く反応した「大きな司法」論はとうなったのか。この発想のもと、弁護士会は「改革」の増員政策を前向きに受けとめることになりましたが、結果は弁護士だけが激増する形になりました。「二割司法」がイメージさせたような大量のニーズは、弁護士が増えても、それを支える有償のニーズとしては顕在化せず、いまや八割の膨大な機能不全論そのものが、業界内では、根拠なき感覚的数値だったという、烙印が押されてしまっています(「『大きな司法』論が切り捨てているもの」)。

     一方、当時の弁護士会関係者は、前記「大きな司法」論に乗っかる形で、当然のように「大きな弁護士会」を志向しました。もちろん、それは一つには物理的な意味で、増員政策によって数が増えることに対する機能改革の必要性ということであり、もう一つは前記「改革」の描き方から想像される、漠然とした弁護士会に対する社会的な要請の高まりを根拠にしていたようにとれました。

     当時、この「大きな弁護士会」の発想のなかで、会関係者が何に関心を持ち、議論をしていたかといえば、例えば、弁護士自治の関係で、弁護士の質や倫理性の維持、弁護士個人に対する監督の在り方の問題でした。しかし、大量増員時代に弁護士会が大きくなっても、弁護士会のやれることには限界があるという見方が会内には強く存在していました。有り体に言えば、自治にかかわるとして、口には出せないまでも、多くの弁護士は、実は増えれば増えた分、質の確保は難しく、また不祥事も増えるだろう、と考えていたということです。

     また、当時は司法アクセス解消が注目され、弁護士個人ではなく、「大きな弁護士会」が積極的にかかわるべき課題ととらえられました。「国民の裁判を受ける権利の実質的保障」といったこともいわれ、これもまた「二割司法」論の影響もあって、司法的解決を望む大量の国民が存在している、ということが当然の前提になっていました。国民の権利保障は、本来国家の責任でありながら、これは弁護士にも問われているのだ、という強い犠牲的な自覚が、前記前提のうえに、やはりこの「大きな弁護士会」論にも被せられていたのです。

     しかし、今となってみれば、不思議なくらい、当時「大きな弁護士会」が増員された弁護士の業務をどう守り、支えるのか、どういったメリットを強制加入の会員に与えるのか、といったことが議論されていない現実がありました。前記「改革」が描いた眠れる大量のニーズを、有償無償の区別なく、想定していたことによって、そこはなんとかなるだろう、あるいは個人の問題として、丸投げする考えだった、この前提が崩れるとは夢にも思わなかったといわれれば、それまでかもしれません。

     しかし、司法制度改革審議会の議論でも、弁護士大量増員の是非にもかかわるはずの、司法ニーズの「受け皿」としての隣接士業の存在との関係は、不透明なまま積み残されていました(「弁護士激増既定方針化がもたらしたもの」)。そもそも大量の有償のニーズが、急増ペースに併せて、顕在化しなかった場合を、全く想定していないこと自体(のちにペースダウン論をいうことになるわけですが)、過信というよりも、相当な会員利益不在の発想があったとみることもできるのです。

     今、多くの弁護士会の会員は、まさに会員利益から、「大きな弁護士会」を求めなくなってきているようにみえます。物理的な意味で、会員数を抱えているという大きさではなく、やはり会員に対する役割あるいは関係性として、むしろ最小限度のものを求めつつあるのではないでしょうか。なぜかといえば、皮肉にもこの「改革」自体が、それが描いたような「大きな弁護士会」の存在意義よりも、高い会費負担の解消も含めて、個々の弁護士業務の足を引っ張らない弁護士会を求める会員意識を生み出すことになったからです。

     「大きな弁護士会」が、会員利益に貢献してくれない存在であると、見切ったとき、それでも弁護士会が自治を伴って、「大きく」あるべきという会員が、どれだけいるのか、という問題です。

     今、弁護士会のなかには、三つの立場の弁護士がいるといわれています。「改革」の旗を振ってきた「主流派」といわれるグループ、「改革」路線に反対・慎重な立場をとってきた「反主流派」「反執行部派」といわれるグループ、そして、「改革」そのものへの無関心層。ただ、この分け方は微妙で、三番目の「改革」無関心層は、結果的に選挙などでは、多くが「寄らば大樹」的に執行部寄りの投票行動をとってきた層で、現在もその傾向にあるというのが、反執行部派の受けとめ方です。

     ところが、弁護士会への関心でみれば、前二者を含む関心層と無関心層に分けることもできます。つまり、いうまでもなく、「主流派」も「反主流派」も自治の維持も従来の弁護士活動の意義も認め、それに対する期待もあり、そしてそれは守ることを前提に、そのあるべき形で意見が割れている。それに対し、無関心層は、もはやそこに期待する意味が感じられない、その優先順位は低く、弁護士自治の維持、これまでの弁護士会活動の存在意義にも懐疑的な方向の見方をしている。そして、前記したように「改革」が、結果的に膨らませつつあるのが、この層ということになります。

     「改革」が生み出している現在の弁護士(会)の状況でありながら、もはや会員を「反改革派」として糾合できなくなりつつある現実が、ここにあります。「改革」論議が遠い過去になりつつあり、新法曹養成下で生まれた会員が半数に及んでいることもありますが、日弁連会長選挙で「改革」を争点に、「主流」「反主流」が肉薄した時とは、弁護士会世論の状況が明らかに変わってきたといえます。

     昨年末、このブロクで1年を振り返った感想として、弁護士は確実に「改革」からも日弁連からも距離を取り出しているようにみえると書きましたが、今年についても全く同じで、その距離は広がったようにすら感じます。ネット上では、「改革」批判派の弁護士に対して、「改革」派からではない弁護士からの、、冷ややかな言説もみられます。

     「もっと(「改革」の影響で)深刻な状況にならないと、この流れは変わらない」と語る「反改革派」の弁護士もいます。これも昨年とほぼ同様の括り方になってしまいますが、その時に弁護士と弁護士会はどうなっているのか、「大きな司法」「大きな弁護士会」を銘打った「改革」の末路が、どういうものになるのか。そのことが一番気がかりです。

     今年も「弁護士観察日記」をお読み頂きありがとうございました。いつもながら皆様から頂戴した貴重なコメントは、大変参考になり、刺激になり、そして助けられました。この場を借りて心から御礼申し上げます。来年も引き続き、よろしくお願い致します。
     皆様、よいお年をお迎え下さい。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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