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    欠落した業界団体的姿勢という問題

     新型コロナウイルスの影響による、医療機関の経営悪化に関連して、日本医師会の中川俊男会長は、さらなる財政支援を政府に求める考えを示したというニュースが流れています(You Tube NHK NEWS WEB。中川会長は先月の会長選挙で4期8年務めた現職候補を破り、当選して話題になったばかりです。

     会見で中川会長は、概ね以下のように述べています。

     「現在も終息に至っていない新型コロナウイルス感染症による医療機関経営への影響は深刻で医療利益が大幅に悪化している。補助金は固定費である給与をカバーするには不十分」
     「同感染症に対応していない医療機関も医療収入が大きく減少し、医療利益が悪化している。すべての医療機関が地域を面で支えて同感染症に対応しているといっても過言でない。一般の患者の受け皿があってこそ、医療機関は同感染症患者に集中できる。地域で支える医療機関への支援は不可欠」
     「患者が安心して医療を受けられるよう、医療機関の経営等も把握し、引き続き必要な対応を実施するよう求めていく」

     このあと記者とのやりとりで、夏のボーナスをゼロにする医療機関があることへの受けとめ方を問われた会長は、次のようにも語っています。

     「経営上の問題で、ゼロにしなければならないほど追い詰められているということ。こういうことが頻発すると、完全に悪循環に陥る。医療従事者にも生活も家族もあるし、感染の危険もあるといわれ、風評被害にも合いながら、こういうふうに追い詰められると大変なことになる。早期に手を打たなければならないという認識でいる」

     この情報に接した時、すぐさま新型コロナ法テラス特措法案をめぐる荒・日弁連執行部の対応への不満や疑問が渦巻いている弁護士会の人間たちが、この日本医師会トップの発言を知ったならば、どう感じるだろうか、ということが頭を過りました(「弁護士の現実に向き合わない発想と感性」)。そして、ネットなどから聞こえてくる、会員の声は案の定といえるものだったのです。

     コロナ禍に対して、医師と弁護士という二つの専門家の立場を単純には比べられないという人も、もちろんいるでしょう。与えられた使命の性質はもちろんのこと、社会の期待という、要求の後ろ盾になるものの、大きさも緊迫度も、社会全体の共有度も違うといえるかもしれません。ただ、それを分かったうえでも、専門家団体のトップとして、この状況下に置かれた個々の会員の経済状況への目線の違い、そしてなによりも、それを今、見過ごない、とする強い意志・姿勢に関して、比べたくなる弁護士の気持ちは、やはり理解できるといわなければなりません。

     コロナ禍によって法的支援を求めている人は増えている。しかし、同時に、弁護士の事務所も経済的に打撃を受けている。前記支援だけを一方的に拡充するわけにはいかない、と。個々の弁護士会員にも、「生活や家族がある」、法的問題への対応を、個々の弁護士も経済的に自立、経営しながら「面で支えている」ということに、業界団体として弁護士会は医師会ほど配意しているのか、少なくくともそう会員に、今、伝わっているのか――。

     「医師会が弁護士会のようなマインドだったら、『コロナで大変だ!コロナ患者と、その家族は、タダで診療します』と言い出している」
     「医師会はさすが。こういう弁護士会なら喜んで入りたい」
     「医師会がちゃんとしているのは、仮に患者負担ゼロを主張するにしても、代わりに国に金を出せと言えるところ」

     こんな内容の声がツイッター上に流れています。確かに一部法律事務所のボーナスカットに絡んで見解を問われたとして、それこそ弁護士会主導層のマインドからして、会トップが、果たして前記中川会長のような、返しをするのかは正直疑わしいと思わざるを得ません。

     なぜ、こうなんだ、という話を、これまで散々弁護士との間でもしてきました。弁護士自治・強制加入という、ある意味、特別な事情を抱えた業界団体でありながら、対外的対内的への対応のアンバランスさが目立つ現実。前記特別な事情があるがゆえに、それに見合った、対内的により強固な会内民主主義とそのプロセスへのこだわりがあっていいはずだが、そこが会員に伝わらないーー。

     「昔から弁護士会はそういう団体だった」という見方があります。弁護士界には、司法改革がもたらした弁護士の経済状況の悪化という、根本的な問題が横たわっています。しかし、一方で「改革」以前から、常に弁護士会主導層は、およそ業界団体としては、弁護士・会の公的存在と役割に、極端に比重を置いた姿勢を示してきました。ただ、有り体にいえば、「改革」以前の、多くの会員の経済的状況が、それを許してきた。現実的にいまほどの我慢も痛みも、会員が強いられることがなかったからです。言葉が適切かどうかは分かりませんが、要するにサイレントマジョリティが、会の姿勢や、強制加入・自治維持に伴う高い会費に、寛容でも無関心でもいられた。

     しかし、増員政策という会員に痛みを伴う「改革」、というよりも、需要の顕在化が予定されていたという意味では、そこまで痛みがあるとは聞かされていなかった「改革」の失敗によって、その前記特殊な業界団体としてのアンバランスさの方が顕在化してしまったといえます。

     「改革」を主導した側の目線で言えば、「痛み」そのものを読み違えただけでなく、その先に担保されるべきだった「痛み」が伴う状況下での会へのコンセンサス、これまでのような寛容さを期待できず、業界団体としてのアンバランスさを解消しなければ、これまで通りの活動も、自治・強制加入までも脅かされるという状況の到来まで、読み違えた(読めなかった)。そして、それがはっきりした現在においても、それを読もうとしているように会員には見えない――。

     「改革」初期の弁護士会の、今後訪れる弁護士業務の未来に対する検討資料を探ると、弁護士事務所形態の多様化や専門化、富裕な個人・企業を相手にするビジネス指向と弱者救済指向の二極分化といったテーマについては、さかんに議論されているのに対し、会員激増時代の弁護士会へのコンセンサスであるとか、公的役割を維持するための経済的基盤の担保(経済的自立等)についての検討が、ほとんど見当たらないことに気付かされます。

     今日の状況は想定されてなかった、「改革」の成功が前提の発想だった、といえばそれまでですが、少なくとも、その欠落がはっきりした今、何をしているのかについては、当然、別の評価は避けられないはずです。弁護士会主導層には、新しい発想が必要なのではないでしょうか。日本医師会会長が示したように、会員の状況から目を背けず、法律事務所の「経営も把握」し、そちらの側に立って発言する。それがいかに公的な使命を求められている団体であっても、かつ、自らが提唱した「改革」の失敗がもたらしたものであっても――。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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