日弁連「谷間世代」支援新基金から見えるもの
給費制廃止によって、新たな給付制の導入までの6年間に、無給での司法修習を余儀なくされた、いわゆる「谷間世代」(新65期~70期)の弁護士について、日弁連が新たな基金制度を発足させ、その支援金の申請受け付けが10月1日からスタートするとされています。彼らに対する支援策の一環ではありますが、今回は対象となる内容が限定されており、公益的活動、研修・学習の実費額(最大10万円)、先進的取り組みへの表彰・助成(10万〜30万円)となっているようです。
報道によれば、荒中・日弁連会長は、この基金を若手支援策の「集大成」として、次のようにコメントしています。
「法科大学院世代、貸与世代の方々は色々な面で荒波に揉まれた経験を持ち、色々な思いを抱えながら活動している。お金の面だけでなく、日弁連としても素晴らしい活動だね、先進的な取り組みだねというのを評価して、若手会員が胸を張って新しい分野、問題、課題にチャレンジしていくのをアシストしていきたい」(弁護士ドットコムニュース)
額の多寡はともかく、少しでも彼らの活動支援につながる方向で、日弁連が支出に乗り出すこと自体は、率直に評価する声があります。その一方で、今回の対象が主に公益的活動や先進的取り組みなどになっている点について、会員間にはやや微妙な反応もあります。
対象の活動が具体的にとこまでのものが含まれるのか不透明であるのもさることながら、ここに関しては、「谷間世代」と他の世代を分けて支援を考える必要が果たしてあるのか、という感じがある点です。もちろん、この世代のそういうことに対する思いの芽を、今回の給費制廃止の影響によって摘むべきではないということでは、この基金の理屈は一応成り立ちます。
ただ、もし前記会長のコメントが正確な引用として、「お金の面だけではなく」以下の趣旨を目にしてしまうと、「改革」の失敗が生み出した同世代の「不利益」に対する目線よりも、彼らの「貢献」が支援の条件にされていることの違和感の方が先に立ちます。
次年度以降、対象世代が「広がっていくこともありえる」(前同)とされていますが、それこそ「貢献」が支援の条件となるのであれば、それこそより大きな「貢献」がより支援されてしかるべきという話にもなってしまいます。
そもそも日弁連・弁護士会による「谷間世代への支援」という発想には、注釈が必要、あるいは姿勢として問われる点があります。「谷間」とは、前記したように前記給費制廃止後に無給を余儀なくされた世代を言い表していますが、その後の世代に給付が開始されたとはいえ、元のような給費制が復活したわけでも、失地が回復したわけでもない。「谷間」とは、現実と異なるイメージを与えるという意見が会内にはずっとあります。
そして、もし、現在の日弁連・弁護士会にとって、ここがこだわりどころではない、ということになると、やはりそれは給費制廃止が、そもそもこの「改革」の失敗として、議論をそこに戻す意志がないということの反映ととらざるを得なくなります。「谷間世代」が不当な政策による犠牲者であるならば、彼らへの「支援」は支援におさまるものではあってはならず、給費制が完全回復しない現実もまた、同様に許されないという姿勢でなければならないはずなのです(「貸与世代に対して必要なのは『救済』ではなく『清算』」〈Schulze BLOG〉 「『給費制』から遠ざかる日弁連」)。
「支援」という枠組みには、「できるだけのことはやる」という「善意」のイメージや、「少しでも助かる」という評価によって、本質的な問題が逆に議論されづらくなる側面もあるように思えます。しかし、前記記事の中の、今回の支援策に対する日弁連関係者のものとみられる「どんな応募があるか楽しみにしている」というコメントを見るにつけ、給費制問題の本質に対する受けとめ方からは、どんどん離れていっている現実を思わざるを得ないのです。
今、必要とされる弁護士についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4806
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「法科大学院世代、貸与世代の方々は色々な面で荒波に揉まれた経験を持ち、色々な思いを抱えながら活動している。お金の面だけでなく、日弁連としても素晴らしい活動だね、先進的な取り組みだねというのを評価して、若手会員が胸を張って新しい分野、問題、課題にチャレンジしていくのをアシストしていきたい」(弁護士ドットコムニュース)
額の多寡はともかく、少しでも彼らの活動支援につながる方向で、日弁連が支出に乗り出すこと自体は、率直に評価する声があります。その一方で、今回の対象が主に公益的活動や先進的取り組みなどになっている点について、会員間にはやや微妙な反応もあります。
対象の活動が具体的にとこまでのものが含まれるのか不透明であるのもさることながら、ここに関しては、「谷間世代」と他の世代を分けて支援を考える必要が果たしてあるのか、という感じがある点です。もちろん、この世代のそういうことに対する思いの芽を、今回の給費制廃止の影響によって摘むべきではないということでは、この基金の理屈は一応成り立ちます。
ただ、もし前記会長のコメントが正確な引用として、「お金の面だけではなく」以下の趣旨を目にしてしまうと、「改革」の失敗が生み出した同世代の「不利益」に対する目線よりも、彼らの「貢献」が支援の条件にされていることの違和感の方が先に立ちます。
次年度以降、対象世代が「広がっていくこともありえる」(前同)とされていますが、それこそ「貢献」が支援の条件となるのであれば、それこそより大きな「貢献」がより支援されてしかるべきという話にもなってしまいます。
そもそも日弁連・弁護士会による「谷間世代への支援」という発想には、注釈が必要、あるいは姿勢として問われる点があります。「谷間」とは、前記したように前記給費制廃止後に無給を余儀なくされた世代を言い表していますが、その後の世代に給付が開始されたとはいえ、元のような給費制が復活したわけでも、失地が回復したわけでもない。「谷間」とは、現実と異なるイメージを与えるという意見が会内にはずっとあります。
そして、もし、現在の日弁連・弁護士会にとって、ここがこだわりどころではない、ということになると、やはりそれは給費制廃止が、そもそもこの「改革」の失敗として、議論をそこに戻す意志がないということの反映ととらざるを得なくなります。「谷間世代」が不当な政策による犠牲者であるならば、彼らへの「支援」は支援におさまるものではあってはならず、給費制が完全回復しない現実もまた、同様に許されないという姿勢でなければならないはずなのです(「貸与世代に対して必要なのは『救済』ではなく『清算』」〈Schulze BLOG〉 「『給費制』から遠ざかる日弁連」)。
「支援」という枠組みには、「できるだけのことはやる」という「善意」のイメージや、「少しでも助かる」という評価によって、本質的な問題が逆に議論されづらくなる側面もあるように思えます。しかし、前記記事の中の、今回の支援策に対する日弁連関係者のものとみられる「どんな応募があるか楽しみにしている」というコメントを見るにつけ、給費制問題の本質に対する受けとめ方からは、どんどん離れていっている現実を思わざるを得ないのです。
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