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    ウクライナ戦争と日本の弁護士会のスタンス

     今年2月のロシアによるウクライナへの軍事侵攻後、日本の弁護士会ではこれに即座に反応し、これに抗議する会長声明や談話が相次いで出されました(日弁連東京弁護士会大阪弁護士会神奈川県弁護士会静岡県弁護士会福井弁護士会など)。

     それらの主張と根拠はほぼ同じで、国際関係における武力による威嚇又は武力の行使を禁じた国連憲章、戦争の放棄と平和的生存権の尊重を謳う日本国憲法の理念などからロシアの軍事侵攻を非難するものです。また、ウクライナ国民に関しては、避難民の保護・支援に言及するものもあり、さらに日弁連はこれに関連して、かねてから問題があると反対してきた入管法改正の政府法案が、前記保護を口実に進められる動きを警戒する別の会長声明も発表しています。

     いうまでもないことかもしれませんが、これら日本の弁護士会の発言は、一部声明が直接言及するように、基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士の使命への、いわば自覚に基づくものといえます。そして、このアクションを含めて、多くの弁護士会員も、社会一般の見方としても、ここまでの内容やその適格者性について、おそらくほとんど異論はないと思います。

     しかし、どうしてもその弁護士会のスタンスとして、釈然としないものが残っています。それは、端的に言ってウクライナがとった行動への反応がみられないことです。ゼレンスキー大統領は、侵攻を受け、即座に一般市民への武器提供を表明し、総動員令によって18歳から60歳までのウクライナ人男性の出国を原則禁止としました。これは前記弁護士会の主張と根拠や問題意識、あるいは使命感からすれば、当然に発言していい局面ではないかと思えるからです。

     前記声明・談話の中では、「ウクライナの市民の生命・安全・自由について深く憂慮」(日弁連)、「ウクライナの市民は、街を破壊され、暮らしを破壊され、命を奪われ、戦争の恐怖に直面」(神奈川県弁)などという表現もみられながら、戦争を恐れて避難したい国民の意思を抑え込む、強制動員方針に沈黙するということはあり得るでしょうか。

     5月にはウクライナの弁護士が出国を認めるよう求める請願書をゼレンスキー大統領に提出しています。しかし、この禁止措置について、現在は緩和の方向も伝えられているものの、当時、同大統領は「祖国の防衛は市民の義務」と、解除に否定的な回答もしていました。

     戦争に対する強制動員、あるいはそれが「祖国の防衛」という大義が国家によって掲げられた時、認められるという現実は、それこそ日本国憲法の平和主義、民主主義、市民的自由という価値観からして、そして基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命からして、日本の弁護士会は何も言わなくていいという理屈になるのでしょうか。

     ウクライナ戦争を契機に、まるで「明日は我が身」のごとく、ウクライナの徹底抗戦賛美とともに、防衛力増強や緊急事態条項への積極論調を含め改憲派が勢いづくだけではなく、国内ムードの傾斜も一部指摘されていますし、強制動員は徴兵制と同じ方向を向いています。前記国民の動員も犠牲も、「祖国の防衛」という条件によって「当然」とする常識が、権力側の思惑と都合によって作られようとしているようにもみえます(「国民の強制動員からみるウクライナ戦争」)。

     個々の弁護士の中には、もちろんこの点で問題意識を持って、発言されている方もいます(「弁護士 猪野 亨のブログ」)。しかし、一方で、国内世論のムードとして、ウクライナ政府の方針に対する厳しい見方に対して、すかさず、侵略したロシアを擁護するものと決め付けたり、ウクライナによる祖国防衛の努力に水を差すのかといった批判的な論調がぶつけられる現実もあります。

     日本の弁護士会が、国外の問題であったとしても、前記日本国憲法の価値観や弁護士の使命に基づき、「ここまでは沈黙するわけにはいかない」とする判断が、強制動員問題へは前記国内ムードなどへの忖度から踏み込めなかった――。「よもや」と付け加えさせて頂きますが、「戦争」という事態を前にしても言うべきことを言わなければならないはずの、人権擁護を掲げる専門家集団としては、これが最悪の想像であるといわなければなりません。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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