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    弁護士弱体化と「改革」の本性

     弁護士の弱体化ということが、いわゆる「平成の司法改革」をめぐり、業界関係者の中で言われるのを、これまでも散々聞いてきました。ざっくり大別すると、その内容は概ね次の三種類に分かれます。一つはストレートにこの「改革」の目的あるいは真の狙いが、弁護士の弱体化にあったとするもの。もう一つは、結果的に弱体化しているが、「改革」はそれを企図したものではなく、いわば想定外の事態が起きたというもの。そして、弱体化など起きていない、と、全否定するもの、です。

     もちろん、一番目の捉え方を、まるで陰謀論のように言う人もいますが、逆に二番目、三番目の捉え方は、とにかく「改革」路線を肯定する立場から、一番目の事実を覆い隠すために強弁している、と、捉えられる面もあります。

     こういう論調が交わされることになった最大の理由は、この「改革」自体に建て前と現実が、むしろ分かりやすく捉えられる形で存在してしまったこと、そして、いわばそれに対する「疑惑」を決定的に払拭するようなものが、「改革」の側から提示されることもなく、進行しているということ、だととれるのです。

     例えば、「事後救済社会の到来」。「事前規制から事後救済の社会へ」というスローガンは、この「改革」の規制緩和・新自由主義的性格を表すものであると同時に、弁護士激増の必要性に直接結び付ける役割を果たしました。しかし、あれほど散々言われながら、最近、聞かれなくなっているとともに、そもそもこれがどうなったのか、という具体的な議論もほとんどお目にかかれない印象です。

     とりわけ、弁護士増員政策との関係では、いわば弱者を事後的に救済する、その受け皿として、大量の弁護士が必要となる未来が到来するという触れこみでした。その避けることのできない未来の到来の前に、弁護士会自身がお得意の発想ともいうべき、いわば主体的関与で、これに臨んだのが(というか受け容れた)のが増員政策であったともいえます。

     つまり、「必要とされる未来」と「弱者救済」という二つの要素を、まさにこのスローガンから読みとったことで、多くの弁護士が「改革」路線を前向きに受けとめたのが現実だった、ということになるのです。

     ところが、現実はいろいろな意味で違ったものになっているように見えます。「必要とされる未来」に向かって避けることのできないもののように言われた弁護士激増であっても、その増員弁護士を経済的に支えるような需要は顕在化しないし、仮にそれでも弁護士が必要であるというならば、それを支える経済的な担保を社会が考えなければならないはずですが、もちろんそんな話は全くない。弁護士が経済的に厳しいといえば、話は生き残りのために工夫せよ、工夫すれば食っていける、といった類の話ばかりが交わされてきたのが現実です。

     そもそも前記「事後救済社会の到来」と、この「改革」の在り方について、いくつも言われて来た疑問はずっと払拭されていません。

     まず、経済界の思惑。企業活動の自由のさらなる確保を眼目とし、一方で「自己責任」を強調する新自由主義の立場が、そもそもどこまで本気で事後の弱者救済などを想定しているのか、ということ。

     それは、前記したように弁護士の激増を引き出す根拠に使い、多くの弁護士はまんまとその論法にのってしまったわけですか、蓋をあければ、弁護士増員は少なくとも弱者よりも、企業にとって有り難いものになっている。弁護士の過当競争になれば、多くの弁護士の中から企業は人材を取捨し、より安価に使うことが出来るのに対し、それ以外の弱者を含む多くの利用者には、そういった恩恵はほとんどない、もしくは明らかに小さい。

     なぜならば、前記「事後救済社会」で「自己責任」を被せられる、「改革」がイメージさせた弱者をはじめとする利用者市民は、弁護士との恒常的なつながりがある企業と違い、主導的な、確実にメリットにつながるような取捨は困難であり、また博多売化が困難な一般案件にあっては、当然低廉化というメリットもありません(「弁護士『薄利多売』化の無理と危険」)。

     「改革」から多くの弁護士が想定した筋書きと違い、有償の需要が顕在化せず、個々の弁護士が経済的にきつくなれば、今の状況が露骨に示しているように、経済的安定を求めて企業内志向の弁護士が増える一方、それ以外の多くの弁護士の目は、弱者救済どころか、まず生きるための採算性に向かわざる負えなくなり、利益につながらない弁護士会の公益的な活動からも距離を置くようになる(「弁護士の多様性を支えるもの」)。

     いわゆる「法テラス」が弱者救済の受け皿として注目されながらも、そこでも、前記同様、生きるための採算性が考慮されない結果、弁護士は距離を置き始めているし、弁護士からはそれこそ事後救済というならば、必要となるはず執行制度の整備や、裁判官の増員が実現していないことへの疑問も提示されています。

     つまり、前記「必要とされる未来」は到来せず、「弱者救済」の本気度も疑われる、それが冒頭のスローガンが導いた「改革」の現実だった、ということになります。そして、その一方で、法と人権を盾に、かつては筵旗を立てるがごとく、法改正反対運動で国会に押し寄せ、一方、取り込んでも「数の点で票田として妙味がない」など揶揄されていた弁護士・会を扱いづらく、なんとかしたいと考えていた方々には、この「改革」が生んだ、余裕のない弁護士たちの量産は好都合ということになります。弱体化とは、まさにここにつながります。

     「事後救済」の建て前に乗っかりながら、弱者に有り難い改革、有り難い弁護士増員、との声が聞かれない「改革」の本性は、もっと注目されていいといわなければなりません。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


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