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    弁護士の中にあった「自負」と今

     かつての弁護士界では、「弁護士が増えれば社会がよくなる」とか、「弁護士の数が、その国の人権のレベルを決める」といった趣旨のことを言う弁護士に、普通に出会う時代がありました。以前、ここでも取り上げたことがありますが、こうした弁護士の自負あるいは自覚は、確かに相当多くの弁護士の中にあった印象があります(「弁護士の数が国の人権レベル?」)。

     それは例えば、対権力にあって、弁護士が大衆の側に立って、この国の人権状況を下支えするのだ、という意識、「正義」の立場から弱者・少数者の最終的な味方になる「最後の砦」であるといったイメージや、この社会に発生する市民間の紛争を適正に解決に導くには、自分たちが必要不可欠(社会が絶対に必要とする)といったものでもありました。

     その意味で、前記のような表現をするかどうかは別に、こうした弁護士の自負のようにとれる意識は、それこそ特別なものではなかったし、それは、それで「正論」といえる面もあったと思います。しかし、このことを思い出すと、やはり今の多くの弁護士は、基本的に変わったという気持ちになるのです。

     もちろん、当時も、いわゆる人権派といわれる弁護士と、そうではない弁護士の間には意識に格差も、前記のような発想での濃淡もありましたし、今もそうかもしれません。しかし、やはり「平成の司法改革」といわれる「改革」は、多くの弁護士の意識を否応なく変えたといえます。というか正確には、この世界に来る、現実にいる人の意識が、かつてとは違うものになったようにとれるのです(「弁護士増員で『社会がよくなる』という発想」)。

     そして、その中で、やはり気になるのは、かつて存在していた前記「自負」はどうなったのか、ということなのです。

     何度か書いてきたことですが、弁護士は経済的な意味での保身から、この「改革」の弁護士増員政策に反対してきた、という意見を今でも聞きます。しかし、現実的なことを言えば、「改革」は増員後の有償需要の顕在化に対する楽観論とともに、この弁護士の中にあった潜在的な「自負」に訴え、いわば、それを利用する形で、弁護士たちを巻き込んだ面もあったといえます。

     つまり、今では感覚的数値だったとされる「二割司法」と表現された司法の膨大な機能不全、規制緩和後に到来するとされた事後救済社会での役割、「社会の隅々」に登場する身近な存在への待望、あるいは法曹一元――。まさに、そうしたものを支えなければならない現実を私たち弁護士は看過すべきではないという界内推進派の呼びかけは、少なくとも当時の弁護士の中にあった、前記したような社会の「下支え」意識と、その「自負」を強く刺激するものになったはずなのです。

     しかし、この「改革」の結果は、その呼びかけの想定と違うものであったのと同時に、前記「自負」を含めた彼らの意識の在り様を変えてしまいました。いわば「自負」に乗っかったはずの「改革」が、皮肉にも弁護士の根本的な目線を変えたようにとれたのです。サービス業化、ビジネス化への志向を余儀なくされる事態は、「下支え」ととらえていた役割そのものの意義を動かしたのではなく、まさにそのシビアな成立・生存条件への関心に意識の比重を転換したものになったからといえます。

     そして、さらに肝心なことは、この「改革」が社会の弁護士への目線を、より前記「自負」につながるような発想、あるいはそれへの期待に近付けるものになったかも疑わしい、という現実です。弁護士が増える社会が、この国をよくする、そういう実感を、より社会に与えるものになったのか、ということです。この「改革」が、弁護士が沢山いる社会の価値を、前記した「自負」の正しさを裏付ける形で、実現しつつあるわけでは、決してない、ということなのです。

     「弁護士が増えれば、それだけ経済的に余裕がなくなる弁護士は社会に溢れる。だから、私たちはもっと警戒しなければならない」。

     こういった市民の声をネットでもそれ以外でも沢山聞いてきました。最近でも、「弁護士による遺産横領や未返還は総額20億円、起訴や懲戒処分は5年間で50人に」(讀賣新聞オンライン)、「成年後見人の弁護士が“現金約570万円着服”弁護士会が業務停止処分を発表」 (RKBオンライン)といった報道を目にした市民が弁護士をどうとらえるのかは、もはや火を見るより明らかというべきだし、むしろ前記のような警戒感を市民側としては健全といわなければならない、深刻な現実が存在しているようにもとれます。

     「改革」以前、この社会の中に、それこそ彼らの「自負」に沿うような期待感や待望論がどの程度あったのかは一口にはいえませんが、少なくとも弁護士たちをその役割観に沿って動員させた「改革」の結果は、弁護士にとっても、社会にとっても、正反対のベクトルに作用するものになっている現実は認めざるを得ないように思えるのです。

     前記のような、依頼者市民を犠牲にする弁護士の不祥事を「『改革』の成果」と皮肉った人がいました。冒頭の弁護士は、それでも間違ってはいないという人もいるかもしれません。ただ、少なくとも「社会がよくなる」ことも、「人権レベル」の向上も下支えも、弁護士を量産さえすれば達成されるものではないことは、この弁護士増員社会が証明したことを、今一度、弁護士は直視すべきです。

     そうしなければ、この「改革」で何が欠落し、社会にとって何を欠落させるべきではなかったのかという点に、延々と辿りつくことができないはずです。

     今年も「弁護士観察日記」をお読み頂きありがとうございました。いつもながら皆様から頂戴した貴重なコメントは、大変参考になり、刺激になり、そして助けられました。この場を借りて心から御礼申し上げます。来年も引き続き、よろしくお願い致します。
     皆様、よいお年をお迎え下さい。


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    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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