「兼業」弁護士の魅力が語られること
日弁連はどうやら弁護士の兼業を推奨するらしい、という話を聞いて、何事かと思えば、3月14日に開催される予定のシンポジウムのこと。タイトルは「聞いてびっくり!多様な弁護士ライフ」。日弁連ホームページのイベント案内には、こんな風に書かれています。
「本シンポジウムは、弁護士としての仕事以外の分野においても活躍している弁護士をパネリストに迎え、弁護士の仕事のみにとらわれることのない各自の“夢”の実践の在り方を紹介し、提案するものです」
どうも弁護士のなかにも首を傾げている方は少なくないようですが、正直、この一文を見ると、なおさら奇妙な気持ちになります。一体、主催者である日弁連は、どういう方向のアピールをしたいのか、という疑問が湧いてきてしまうからです。
弁護士の増員政策によって経済的な魅力が減退している、少なくともそう社会に受け取られはじめているなかで、弁護士会内からはこの仕事の魅力を発信せよ、という声は聞かれます。それは、ある人にとっては、経済的魅力はチャンスとして残っていると言い続けることであったり、また、ある人にとっては、経済的なことだけではない、この仕事の持つ意義や「やりがい」のアピールの必要性であったりします。
当否は別としては、それはまだ理解できます。しかし、ここで語られようとしているのは、直接的なこの仕事の魅力ではなく、「弁護士の仕事のみにとらわれていない」人の夢の実践の話です。そうだとすれば、これはヤブヘビではないか、という声が会内から出るのは至極当然のような気がします。「兼業」弁護士の魅力を語るというのは、もはや弁護士単体での魅力を語れない現実を浮き彫りにしていないか、別の言い方をすれば、その現実から目をそらさせようとしているととられないか、ということです。経済的な意味でとらえられたとすれば、もはや兼業でなければやれない仕事ととられる可能性だってないとはいえません。
「兼業」弁護士自体にメディアやネットメディアが注目して取り上げることは、これまでもありました。「マネブ」というサイトが掲載した「弁護士がプロボクサーという草鞋も履くワケ3人の『兼業弁護士』が考える仕事観とは?」という記事には、今回の日弁連シンポに報告者として出席する弁護士の一人も登場しますが、こうした記事を読むと、彼ら「兼業」派に共通するのは、あくまで個々人の弁護士外の仕事へのつながりの強さや思い入れです。さまざまな事情や経緯があっての、自己実現の形の話です。たまたまそういうものがあった人が、たまたま弁護士業と両立に成功した話といってもいいものです。
もし、そういう前提で、「弁護士の仕事のみにとらわれない」「夢」の実践を視野に入れている、あるいは入れたい人向けに、そういうスタイルを日弁連が推奨するというのであるならば、むしろ、弁護士が経済的なメリットや安定度で、弁護士外の「夢」を実現させるのに、この仕事は最適である、というのであれば、むしろ分かりやすい話といえます。でも、さすがにそうアピールできる現状にはない、というべきです。
つまり、何かをもって、弁護士が「兼業」に向いている仕事ともいいにくい。かといって、弁護士をどうしてもやりたい人のために、こういう「兼業」もあり得るというには、前記したようにもともとのこだわりのある人ならばともかく、逆算して答えを導き出すことは容易ではなく、かつ、前記したように弁護士単体では成り立たないアピール度も強めかねない。
もっとも 「弁護士の仕事とのシナジー効果」ということも語られるようで、ここの説得力次第では、どういう形で個々の「夢」に適合するかは分からないものの、あるいは弁護士業特有の「兼業」メリットが見えてくるのかもしれません。ただ、「聞いてびっくり!」するようなスタイルとは、特に他の「夢」の実現が念頭にない志望者の弁護士業への期待感とは、果たして結び付くのか、そこはやはり不安になります。
しかし、最も気になるのは、こうしたことも、また、弁護士会員がどう受けとめるかも、実は日弁連が分かったうえでこれを繰り出しているのではないか、ということです。「もう、なんでもありなのかな」。そう呟いた弁護士がいましたが、あるいはこの企画の切り口自体が、いまの弁護士の置かれた現実を物語っているということかもしれません。
今、必要とされる弁護士についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4806
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「本シンポジウムは、弁護士としての仕事以外の分野においても活躍している弁護士をパネリストに迎え、弁護士の仕事のみにとらわれることのない各自の“夢”の実践の在り方を紹介し、提案するものです」
どうも弁護士のなかにも首を傾げている方は少なくないようですが、正直、この一文を見ると、なおさら奇妙な気持ちになります。一体、主催者である日弁連は、どういう方向のアピールをしたいのか、という疑問が湧いてきてしまうからです。
弁護士の増員政策によって経済的な魅力が減退している、少なくともそう社会に受け取られはじめているなかで、弁護士会内からはこの仕事の魅力を発信せよ、という声は聞かれます。それは、ある人にとっては、経済的魅力はチャンスとして残っていると言い続けることであったり、また、ある人にとっては、経済的なことだけではない、この仕事の持つ意義や「やりがい」のアピールの必要性であったりします。
当否は別としては、それはまだ理解できます。しかし、ここで語られようとしているのは、直接的なこの仕事の魅力ではなく、「弁護士の仕事のみにとらわれていない」人の夢の実践の話です。そうだとすれば、これはヤブヘビではないか、という声が会内から出るのは至極当然のような気がします。「兼業」弁護士の魅力を語るというのは、もはや弁護士単体での魅力を語れない現実を浮き彫りにしていないか、別の言い方をすれば、その現実から目をそらさせようとしているととられないか、ということです。経済的な意味でとらえられたとすれば、もはや兼業でなければやれない仕事ととられる可能性だってないとはいえません。
「兼業」弁護士自体にメディアやネットメディアが注目して取り上げることは、これまでもありました。「マネブ」というサイトが掲載した「弁護士がプロボクサーという草鞋も履くワケ3人の『兼業弁護士』が考える仕事観とは?」という記事には、今回の日弁連シンポに報告者として出席する弁護士の一人も登場しますが、こうした記事を読むと、彼ら「兼業」派に共通するのは、あくまで個々人の弁護士外の仕事へのつながりの強さや思い入れです。さまざまな事情や経緯があっての、自己実現の形の話です。たまたまそういうものがあった人が、たまたま弁護士業と両立に成功した話といってもいいものです。
もし、そういう前提で、「弁護士の仕事のみにとらわれない」「夢」の実践を視野に入れている、あるいは入れたい人向けに、そういうスタイルを日弁連が推奨するというのであるならば、むしろ、弁護士が経済的なメリットや安定度で、弁護士外の「夢」を実現させるのに、この仕事は最適である、というのであれば、むしろ分かりやすい話といえます。でも、さすがにそうアピールできる現状にはない、というべきです。
つまり、何かをもって、弁護士が「兼業」に向いている仕事ともいいにくい。かといって、弁護士をどうしてもやりたい人のために、こういう「兼業」もあり得るというには、前記したようにもともとのこだわりのある人ならばともかく、逆算して答えを導き出すことは容易ではなく、かつ、前記したように弁護士単体では成り立たないアピール度も強めかねない。
もっとも 「弁護士の仕事とのシナジー効果」ということも語られるようで、ここの説得力次第では、どういう形で個々の「夢」に適合するかは分からないものの、あるいは弁護士業特有の「兼業」メリットが見えてくるのかもしれません。ただ、「聞いてびっくり!」するようなスタイルとは、特に他の「夢」の実現が念頭にない志望者の弁護士業への期待感とは、果たして結び付くのか、そこはやはり不安になります。
しかし、最も気になるのは、こうしたことも、また、弁護士会員がどう受けとめるかも、実は日弁連が分かったうえでこれを繰り出しているのではないか、ということです。「もう、なんでもありなのかな」。そう呟いた弁護士がいましたが、あるいはこの企画の切り口自体が、いまの弁護士の置かれた現実を物語っているということかもしれません。
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