弁護士外「活用」というテーマ
弁護士の激増政策は、結果的に弁護士が法的市場をできるだけ独占するという方向と、一体となって進もうとした、といえます。とりわけ、増員政策を積極的に受けとめた、弁護士会の「改革」主導層は、その発想のもとに、この政策を牽引しようとしました。
有り体にいえば、法的問題には、できるだけ弁護士が乗り出して、関与する社会が望ましいということになります。そして、それは同時に隣接士業を含め、そうした問題に対処する社会の受け皿の、いわば棲み分け、要は専門性や現実的な能力を考慮して、分担して臨むという発想を、あらかじめ極力排除するものになったようにとれるのです。まるで、弁護士を増員させる社会には、それが不都合なものになるかのように。
そうした発想の始まりを伺わせる議論の記録が残っています。2000年8月29日、司法制度改革審議会第28回会議。経済界から委員として参加した山本勝・東電副社長(当時)から、隣接士業や企業法務を含めた、弁護士外「活用」に道を開く議論への期待感が示され、竹下守夫・同会会長代理からも弁護士法72条による、法律事務の「一切排除」について見直しの考えを問われた場面で、説明者として参加していた久保井一匡・日弁連会長(当時)が述べます。
「この21世紀社会の法的なニーズに応える方法として、二つあると思うんです。一つは、弁護士の数を増やして、そして弁護士がきちっと対応していくという方法。もう一つは、弁護士の数をなるべく押えて、その代わりに隣接業種の方々に手伝っていただくという、どちらかの方法があると思うんですが、私どもとしましては、やはり基本的には、訴訟だけではなくて、示談交渉、法律事務を含めて、こういう法律判断を、あるいは法律に関する仕事を、我々自身がやはりつらくても数を増やして、自らこなしていくというのが、真の意味での国民に対する責務ではないかと考えておりまして、72条を部分的に開放する形で、ほかの業種の方に手伝っていただくことによってカバーするというのは邪道ではないかと。そういうことで今回臨時総会を開いて、きちっと社会の必要に応じた数と質を確保していくという方針を打ち出した」
増員弁護士が受け皿になることこそ、国民に対する責務、弁護士法72条の部分開放で、他業種の力を借りる方向を「邪道」と切り捨てています。この日は、この山本委員から、当時の司法試験合格者1000人を3倍にするという急増政策に危惧の念が示されたのに対し、久保井会長が「十分に大丈夫」と太鼓判を押したのと、同じ会合です(「日弁連が『3000人』を受け入れた場面」)。
また、2001年2月2日、同審議会第46回会議の、山本委員による、法務部門の機能を本部に集中して、分社化したグループ企業に対して同じようなサービスを一元的に提供することの合理性と72条の縛りが取り上げられた場面。さらに2001年5月29日の第61回会議での、再び企業法務の位置付けが取り上げられた場面。そのいずれでも、委員として参加していた中坊公平弁護士が、72条の存在を盾に議論の拡大にクギを刺しています(「弁護士法第72条についての司法制度改革審議会での主なやりとり」)。
要は、弁護士増員政策を既に受け入れる覚悟を固めた以上、弁護士会としては、あくまで増員弁護士活用を中心に考え、それから外れる可能性がある議論を当初から排除したかったことが伺われるのです。そして、それはその後、増員しても需要が顕在化しないという現実に直面したのちは、増員してしまった(あるいは増員し続ける)弁護士の受け皿という視点から、結果的にますます前記議論からは遠ざかる方向になってしまったといえます。
その結果は、うまくいっているといえるのでしょうか。その意味では、弁護士増員政策の影響を受けるはずの、隣接士業が同政策に強く反対して、棲み分け論を強調したわけでもなかった(あるいはできなかった)という現実はあります(「司法書士にとっての弁護士激増」)。
一方、72条に絡む問題は、弁護士会の立場として慎重な対応をとること自体は、利用者の危険排除からは、ある意味、当然な面はあり、そこは前記議論での中坊委員の主張につなげることもできます。しかし、弁護士会側は、弁護士外「活用」の方向の議論に関して、常に二つの課題を背負い、ある意味、それを積み残してきているようにとれます。それは一つは、「排除」すべき具体的範囲の明確化、そしてもう一つは、その本当の根拠につながる、「排除」しない時の「実害」の具体的提示です。72条がある、ルールはルール的な説明に聞こえたならば、結局、課題は積み残されてしまからです。
弁護士外「活用」論のテーマは、ここに挙げている隣接士業、企業法務との関係や、72条が絡む問題に止まらず、「改革」が唱えた、いわゆる「社会の隅々」論の評価にも関わります。さらには増員政策だけでなく、法科大学院の存在、増員を前提にそれが導入された現実とその活用というテーマにも関係しています(「弁護士業務拡大路線の正体」 「弁護士『津々浦々』論の了解度」 「法科大学院関係者の『印象操作』から見えるもの」)。
ただ、いずれにしても需要の顕在化が、激増政策を必要とするほどには期待できないことが、もはや「改革」の結果として明らかになっています。あの日、久保井会長は、「つらくても数を増やして、自らこなしていくというのが、真の意味での国民に対する責務」と言い切りましたが、もはや何でも弁護士、どこまでも弁護士の発想そのものが、弁護士にも、あるいは社会・国民にとってもべストではないのではないか、という視点に立ち返るべきときだと思えるのです。
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有り体にいえば、法的問題には、できるだけ弁護士が乗り出して、関与する社会が望ましいということになります。そして、それは同時に隣接士業を含め、そうした問題に対処する社会の受け皿の、いわば棲み分け、要は専門性や現実的な能力を考慮して、分担して臨むという発想を、あらかじめ極力排除するものになったようにとれるのです。まるで、弁護士を増員させる社会には、それが不都合なものになるかのように。
そうした発想の始まりを伺わせる議論の記録が残っています。2000年8月29日、司法制度改革審議会第28回会議。経済界から委員として参加した山本勝・東電副社長(当時)から、隣接士業や企業法務を含めた、弁護士外「活用」に道を開く議論への期待感が示され、竹下守夫・同会会長代理からも弁護士法72条による、法律事務の「一切排除」について見直しの考えを問われた場面で、説明者として参加していた久保井一匡・日弁連会長(当時)が述べます。
「この21世紀社会の法的なニーズに応える方法として、二つあると思うんです。一つは、弁護士の数を増やして、そして弁護士がきちっと対応していくという方法。もう一つは、弁護士の数をなるべく押えて、その代わりに隣接業種の方々に手伝っていただくという、どちらかの方法があると思うんですが、私どもとしましては、やはり基本的には、訴訟だけではなくて、示談交渉、法律事務を含めて、こういう法律判断を、あるいは法律に関する仕事を、我々自身がやはりつらくても数を増やして、自らこなしていくというのが、真の意味での国民に対する責務ではないかと考えておりまして、72条を部分的に開放する形で、ほかの業種の方に手伝っていただくことによってカバーするというのは邪道ではないかと。そういうことで今回臨時総会を開いて、きちっと社会の必要に応じた数と質を確保していくという方針を打ち出した」
増員弁護士が受け皿になることこそ、国民に対する責務、弁護士法72条の部分開放で、他業種の力を借りる方向を「邪道」と切り捨てています。この日は、この山本委員から、当時の司法試験合格者1000人を3倍にするという急増政策に危惧の念が示されたのに対し、久保井会長が「十分に大丈夫」と太鼓判を押したのと、同じ会合です(「日弁連が『3000人』を受け入れた場面」)。
また、2001年2月2日、同審議会第46回会議の、山本委員による、法務部門の機能を本部に集中して、分社化したグループ企業に対して同じようなサービスを一元的に提供することの合理性と72条の縛りが取り上げられた場面。さらに2001年5月29日の第61回会議での、再び企業法務の位置付けが取り上げられた場面。そのいずれでも、委員として参加していた中坊公平弁護士が、72条の存在を盾に議論の拡大にクギを刺しています(「弁護士法第72条についての司法制度改革審議会での主なやりとり」)。
要は、弁護士増員政策を既に受け入れる覚悟を固めた以上、弁護士会としては、あくまで増員弁護士活用を中心に考え、それから外れる可能性がある議論を当初から排除したかったことが伺われるのです。そして、それはその後、増員しても需要が顕在化しないという現実に直面したのちは、増員してしまった(あるいは増員し続ける)弁護士の受け皿という視点から、結果的にますます前記議論からは遠ざかる方向になってしまったといえます。
その結果は、うまくいっているといえるのでしょうか。その意味では、弁護士増員政策の影響を受けるはずの、隣接士業が同政策に強く反対して、棲み分け論を強調したわけでもなかった(あるいはできなかった)という現実はあります(「司法書士にとっての弁護士激増」)。
一方、72条に絡む問題は、弁護士会の立場として慎重な対応をとること自体は、利用者の危険排除からは、ある意味、当然な面はあり、そこは前記議論での中坊委員の主張につなげることもできます。しかし、弁護士会側は、弁護士外「活用」の方向の議論に関して、常に二つの課題を背負い、ある意味、それを積み残してきているようにとれます。それは一つは、「排除」すべき具体的範囲の明確化、そしてもう一つは、その本当の根拠につながる、「排除」しない時の「実害」の具体的提示です。72条がある、ルールはルール的な説明に聞こえたならば、結局、課題は積み残されてしまからです。
弁護士外「活用」論のテーマは、ここに挙げている隣接士業、企業法務との関係や、72条が絡む問題に止まらず、「改革」が唱えた、いわゆる「社会の隅々」論の評価にも関わります。さらには増員政策だけでなく、法科大学院の存在、増員を前提にそれが導入された現実とその活用というテーマにも関係しています(「弁護士業務拡大路線の正体」 「弁護士『津々浦々』論の了解度」 「法科大学院関係者の『印象操作』から見えるもの」)。
ただ、いずれにしても需要の顕在化が、激増政策を必要とするほどには期待できないことが、もはや「改革」の結果として明らかになっています。あの日、久保井会長は、「つらくても数を増やして、自らこなしていくというのが、真の意味での国民に対する責務」と言い切りましたが、もはや何でも弁護士、どこまでも弁護士の発想そのものが、弁護士にも、あるいは社会・国民にとってもべストではないのではないか、という視点に立ち返るべきときだと思えるのです。
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