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    弁護士ツイート懲戒問題が投げかけたもの

     弁護士がツイッターの実名アカウントで発した投稿をめぐる大阪弁護士会の懲戒処分を取り消した、5月17日付けの日弁連の判断が話題になっています。問題になったのは、「弁護士費用を踏み倒す奴はタヒね(タヒ=死を意味するネットスラング)」など7つのツイートでした。

     結論から言ってしまえば、弁護士報酬の踏み倒しや正規の金額を払わない利用者市民に向けられた文脈である点や、「タヒね」の表現は「軽薄で下品」ではあっても、ツイッターの特性、茶化した俗語であるという点、個人を特定しない発信という点などを考慮し、「品位を失うべき非行」(弁護士法56条1項)で懲戒処分にすることまでを相当としない、というものです(弁護士ドットコムニュース)。

     ネット上での一般的な話題は、やはり「タヒね」表現と「品位」をめぐる日弁連・弁護士会のスタンスに集まっているようです。これを表現として日弁連が「許容」したとストレートに受けとめて批判的にとらえている人もいます。しかし、日弁連の方がツイッターというプラットホームの特性とこの言葉がどの程度の意味合いで使われているかをより考慮した印象で、「軽薄で下品」であっても、要は懲戒対象とするほどの案件ではない、という結論にたどりついており、この点の考慮については、妥当とする意見も多く聞かれます。

     もっとも前記56条1項が「職務の内外を問わず」「品位を失うべき非行」を懲戒対象にしていることもあり、「タヒね」の本来の意味に注目し、弁護士に「常に、深い教養と高い品性の陶やに努め」ることを義務化した弁護士法2条の規定まで引用して、弁護士により高い、特別な「品性」を求める方向で、懲戒相当を導き出した大阪弁護士会の姿勢の方が、この手の事案についての、従来の弁護士会的な処理の仕方であるというイメージもありました。

     その意味では、個人を特定しない発信を対象から外す点はともかく、表現面で、よりツイッターの現実に即し、言ってみれば、個人的なツイッター上の俗語を用いた、ぼやきまで懲戒の対象にはしないという姿勢を明確に示した点では、今回の日弁連の対応には、新しさも感じます。

     しかし、あえていえば、むしろ業界的に多くの弁護士がより注目しているのは、この「タヒね」表現に関することより、前記した発言意図にかかわる、弁護士報酬の踏み倒しや正規の金額を払わない利用者市民に向けられた、表現・文脈に対する、両者の評価の違いではないか、と思えるのです。

     本件を弁護士法56条1項の「非行」に該当すると結論付けた、大阪弁護士会の議決書には、次のような下りがありました。

     「弁護士は依頼者から適正な報酬を受けることが当然認められているとしても、弁護士費用支払に関する本件ツイートのように「報酬を支払わない者に対し『金払わない奴は来るな』『金払う気がないなら法律事務所に来るな』等記載して法律相談や事件処理を拒んだとしても不当ではない」旨の対象会員の主張を是認することはできない」
     「報酬を支払わない意図で弁護士を利用するものに対し、法律相談や受任を拒絶できることは認められるべきであるが、本件の如きその拒絶に対する表現は、あまりに短絡的・感情的であり、文言自体の品位・品性も認められない。また法的な問題を抱えるなかで真に弁護士費用が準備できない市民に対しては、弁護士の敷居をより高くしたり、門戸を閉ざしてしまうことにもなりかねない」
     「法テラスの報酬につき、対象会員は、弁護士にとって生きていけないような金額であるから、正規の金額ではないというが、対象会員のこのような意見は、広く法律事務全般に係わる権限を付与された法律専門職としての弁護士あるいはその他の法律専門職に課せられた社会的責任を前提とする法テラスの制度趣旨等をおろそかにするものであり、当該ツイートを正当化する根拠と認めることはできない」

     適正な報酬を得ることは認められているとしながら、本件のような「拒絶」の姿勢を示した表現を「短絡的・感情的」と括り、逆におなじみの「敷居が高い」論にまでつなげ、弁護士費用を準備できない市民排除の方を懸念する姿勢を示しています。さらに法テラスの報酬の安さについての意見に対しては、「法律専門職に課せられた社会的責任を前提とする法テラスの制度趣旨」を掲げ、ツイート正当化の根拠として否定しています。「踏み倒し」が許されないという点を、発言意図につながる文脈として、むしろその妥当性を評価したととれる日弁連の判断とは対照的といえます。

     この点は、大阪弁護士会の指摘の方に、違和感や反発を覚える会員も少なからずいるようです。問題とされた中にあった「正規の金が払えないなら法テラス行きなさい」というツイートについて、弁護士の中から「一体、これのどこが問題なんだ」という声も、異口同音に聞かれました。

     弁護士会が掲げる弁護士の役割や法テラスに対する理念的な理解と、報酬という極めて現実的な問題に直面している弁護士会員の現状との距離感を、これは象徴しているようにとれます。表現については、懲戒請求の対象となった弁護士も「不適切な部分」があったことも伝えられ、その不適切な部分のマイナスイメージは当然本人が背負う形になります。

     むしろ利用者に報酬を正当に要求できる、その裏返しとして、場合によっては正当に利用者を「拒絶」することに、あるいは弁護士会は背を向けるのではないか――。ツイッターで、つい不適切な発言をしてしまうことよりも、そちらの方が会員にとっての現実的な懸念になるのではないかという気がしてならないのです。


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    No title

    またこの手の懲戒か……。
    こっちは最終的にどうなるんだろうな
    >日本弁護士連合会が、埼玉弁護士会に所属する男性弁護士を戒告の懲戒処分にしていたことが分かった。埼玉弁護士会は表現の自由の観点から「懲戒しない」と判断したが、日弁連が覆した。
    https://news.yahoo.co.jp/articles/65a8c5cb8c1a9b26b3a86be31559d97e93d2d048

    No title

    そういえば二弁の懲戒処分が日弁連で取り消され、地裁では4200万円余りの損害賠償請求が認められた事案も。高裁でひっくり返されたそうですが、最高裁に進んでいるのでしょうか。

    No title

    岡口さんのやったこと > > > 今回の件
    裁判所内部の話 ≠ 裁判所外部の話
    大丈夫、裁判所は弁護士会ほど腐ってないよ(たぶん)。

    No title

    ステートアクション法理と言っても、岡口裁判官に対する懲戒を見れば、裁判所がまともな判断をすると期待するのは困難です。

    No title

    自由と正義、という割には、全く予測可能性のない恣意的運用で、弁護士の自由、それも表現の自由を自由気ままに制約する弁護士会。これ訴訟沙汰になってステートアクション法理で弁護士会が負けてもおかしくないケース。

    No title

    議決書の、
    「報酬を支払わない者に対し『金払わない奴は来るな』『金払う気がないなら法律事務所に来るな』等記載して法律相談や事件処理を拒んだとしても不当ではない」旨の対象会員の主張を是認することはできない」
    という部分は、明らかに司法制度改革に逆行しています。

    司法制度改革審議会(司法審)意見書は、新自由主義に基づき、弁護士の仕事を聖職から単なる営利事業と同列に扱い、市場において自由競争させるという選択をしたものだからです。

    1999年12月に公表された司法審の「論点整理」には、次のように、司法制度改革の目的が明らかにされています。
    「このような危機感に立って、この国が豊かな創造性とエネルギーを取り戻すために、政治改革・行政改革・地方分権推進・規制緩和等の経済構造改革が構想され、実施に移されつつある。これらの改革は、国民一人ひとりが、統治客体意識から脱却し、自律的でかつ社会的責任を負った統治主体として、互いに協力しながら自由で公正な社会の構築に参画していくことが、21世紀のこの国の発展を支える基盤であるという認識を共有するものであって、今般の司法制度改革はその最後のかなめともいうべきものである。」

    つまり、従来推進されつつある種々の構造改革というのは、国民が政府に協力して、「自由で公正」な社会を構築することであり、司法制度改革は、その「最後のかなめ」と位置付けられました。

    「自由で公正」又は「自由かつ公正」というのは、新自由主義を表す用語です。「公正」というのは、公平の意味を含みますが、「自由かつ公正」という場合、市場原理主義に基づき、意味の変容を受けています。この場合、市場において自由競争をさせ、強者が弱者に勝つことこそが公正であるとされるのです。

    司法審意見書には、法曹人口(弁護士人口)について、次のように明記されています。
    「実際に社会の様々な分野で活躍する法曹の数は社会の要請に基づいて市場原理によって決定されるものであり、新司法試験の合格者数を年間3,000人とすることは、あくまで「計画的にできるだけ早期に」達成すべき目標であって、上限を意味するものではないことに留意する必要がある。」

    市場において自由競争に勝たなければ弁護士は生き残れないとされており、『金払わない奴は来るな』『金払う気がないなら法律事務所に来るな』という状況を作ったのは、政府と共に司法制度改革を推進してきた日弁連主流派です。

    No title

    某弾劾裁判への影響も意識した判断でしょうね。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

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