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    「あぐらをかいていた」という批判と自覚

     「あぐら(胡坐)をかく」という言葉が、こんなに被せられてきた職業は他にあるだろうか――。1990年代からの、「平成の司法改革」をめぐる議論以降、今日に至るまで、弁護士という仕事に被せられてきたこの言葉を考えると、そんな印象を持ってしまいます。弁護士批判の文脈で登場する、この表現は、「参入障壁」「既得権益」といったネガティブな言葉を伴い、それまでの弁護士を取り巻いてきた環境と、その中にいた彼らの姿勢に強い反省を迫るものとして提示されてきたのでした(「弁護士資格『あぐら』論の中身と効果」)。

     当時から今日まで、この言葉をどう受けとめるのかについて、いろいろな弁護士たちに聞いてきました。もちろん、この表現が意味するだろうところの細部については、違和感を覚えるとする意見も多く耳にしてきました。「参入障壁」といっても、それは厳正・適正な資格審査によるものであって、それ自体、弁護士が批判される筋合いではないというものや、必ずしもその状況を「既得権益」とまで言われるような、弁護士の数を利用した経済的有利性としてとらえていない、というものもありました。

     しかし、ある意味、不思議に思えることではありますが、当時の多くの弁護士たちの反応は、この言葉に対して、総じて自省的自嘲的でありました。それは、弁護士増員をはらんだ「改革」ムードの中で、むしろ社会からこの切り口で指摘されたならば、反論は難しい、というどこか諦めのようにもとれましたし、何よりもこの「改革」に主体的に取り組もうとしていた弁護士会主導層が、既に率先して,自省的自戒的にこの表現を使っていたからのようにもとれました。

     つまり、有り体にいえば、数が少数で経済的にも一定の安定を確保されていた弁護士を、いわば自覚の問題として、言い換えれば、その姿勢を改める努力でなんとかできる問題として批判的に指摘する言葉を、自ら謙虚に受け止める姿勢を、弁護士会側から率先して示した、というのが、この「改革」でもあったのでした。

     当時、日弁連・弁護士会の主導層は、増員を導き出す弁護士の「改革」を、当初、「一丁目一番地」「登山口」と称し、自省的に受けとめて前進を呼びかけましたが、それを会員に自覚させ、飲み込ませることに一役買ったのが、この言葉だったのです(「弁護士の『改革』選択に対する疑問」)。

     しかし、結果からすると、「改革」は、というか、弁護士は、この表現の前に、いろいろなものを置き去りにしてしまったようにとれるのです。前記したように、あたかもこれまでの意識が元凶とするかのようなこの表現に紐付けられた、有償の潜在需要の見込みの甘さと、開拓精神やそれによる増員弁護士による需要顕在化への過剰期待。つまりは、「改革」に当たって、もっと慎重に捉えるべきだった前提的条件を、すっ飛ばしてしまったことが、まさにその後の「改革」の失敗につながっていたからです。

     この自省的な表現は、潜在需要論や必要論と増員される数をめぐる疑問を排除し、増員政策に、まさに弁護士たちを動員するために使われたといってもいいものです。しかし、その増員政策の結果として現出した、当初、必要論の前に強調されていなかった競争・淘汰という状況は、一方で「改革」が目指していたとされる公益性の推進とは、全く矛盾する状況を社会に現出させました。

     つまり、競争によって生き残りをかけ、いわば稼げない弁護士たちの退場を当然のルールのように提示されることになった「改革」にあって、およそ弁護士は、これまでのように公益性や無償性を追求することはできなくなったからです。

     皮肉な言い方をすれば、「あぐらをかいていた」と弁護士たちが自覚し、実際に「あぐらをかけない」状況になる「改革」が行われたとき、「改革」や、あるいはこの言葉で弁護士を批判した人たちが期待したような、公益性や無償性に対し、弁護士はより目を向けられなくなったということなのです。

     最近、ネットなどでは、前記増員政策とは別に、この表現を弁護士自治に被せる論調がしばしば見られます。「自治にあぐらをかいている」というのは、弁護士会の懲戒制度の甘さの指摘であり、同時に不祥事弁護士に対する会の責任への自覚の甘さをいうようにとれます。逆にいえば、監督官庁がないから、こうなっているという批判です。

     このことに対して、弁護士会は十分に弁明的ではないようにとれますが、実際は「自治にあぐらをかいている」のではなく、現在、起きている不祥事は、弁護士自治が責任を背負う姿勢を示すことができても、それによってすべて解消できるようなものではない。むしろ根本にあるのは、前記「改革」が生み出した構造的な問題といわなければなりません。

     増員政策の失敗による、経済的ダメージに起因する不祥事を、弁護士自治が全部背負うというのは、現実的には、より「あぐら」批判を浴びる状況に、弁護士会を追い込むことになる可能性すらあるのです(「弁護士横領事案と弁護士会の姿勢の問題」)。

    「あぐらをかいていた」と受け止めた「改革」当初の弁護士たちの中には、そのことについて弁護士は社会から拍手をもって迎えられると捉えた向きもあったようにとれました。しかし、自省・自戒の姿勢として、ただそれを受け止めるだけでなく、直視するべき現実を直視し、それを前提とし、あるいはそれを社会に伝えなければ、結局、誰も得をしない結果が待っている、といわなければなりません。


     弁護士の競争による「淘汰」という考え方についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4800

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    テーマ : 弁護士の仕事
    ジャンル : 就職・お仕事

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    No title

    弁護士語る「日弁連とマスメディアの問題点」
    https://news.yahoo.co.jp/articles/e44c12c7a23fe1f4b64f1b4ed8c21395fa4fbf3d
    >日本弁護士連合会の活動に関心を持っているのは全国におよそ4万人いる弁護士のうち1000人未満だと述べ「会としての意見が一方に偏ってしまう」などと指摘しました。

    No title

    ごもっとも。そして別の視点。

    まずは税理士で考えてみます。
    税理士に依頼すると、複数の解釈がありうるとき、税務署に最も有利な解釈、何ならさらに踏み込んでこっちが損する処理をされます。しかも税務調査に入られてガタガタに業務遂行を中断され邪魔され酷い目に遭います。まるで税務署の出先機関(本来は税金で運用されるべき)に、民間人がお金を払っているようなものです。しかも業務遂行が遅い。
    なので、自分自身で、理屈の付く形(税務訴訟になっても8割がた勝てそうだという見立てのとれる形)にて、申告するようになりました。そうするようになってから、まったく税務調査を受け無くなりましたし、課税額もモチロン下がりましたし、作業時間も減りました(会計ソフトは同じ)。税理士からのレスポンスがなかなかなく、申告期限ぎりぎりまでやきもきする ー なんてこともなくなりました。
    税理士に依頼するメリット、全くなし、ということです。

    弁護士はどうでしょう。
    もはや弁護士自治などなく、裁判所や法テラス都合に合わせた弁護士倫理があるので、現実問題、裁判所や法テラスにおもねった業務遂行をせざるを得ません。弁護士にとって厄介ですが、依頼人にとっても同様です。
    しかし、全ては弁護士の都合。実質的に裁判所の出先機関にすぎないものに、なぜ大金(依頼人目線)を払い、しかも不利にならねばならんのか、と。また、これが「(裁判所のように)胡坐をかいている」と見えるのかもしれない。
    そうすると、本人に教養があり、適切に検索して正しい最新情報に基づいて書面作成や交渉をすることができ、人間性としてちょうどいいところで落としどころを探る寛容さがあるならば、本人で処理したほうがナンボもマシ。
    ここでは「教養があるならば」などの前提条件が味噌。つまり弁護士に依頼する層の質は下がっている。それで弁護士の仕事は大変になっている。

    このへんが、依頼人層と弁護士の認識が全く違う原因の一つかなと思ったりします。間違っているかもしれません。

    No title

    てっきり今日の記事は弾劾裁判についてだと予想していましたが
    こちらの記事のほうですかね?
    『弁護士の巨額な着服、福岡・熊本で相次ぐ…処分請求前に退会届出す「懲戒逃れ」も続く』
    https://news.yahoo.co.jp/articles/243150aef539627815eb9b73269bf714baba7459
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

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