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    「身近な司法」と「身近になってほしくない司法」

     以前、あるところで、「身近になる」という司法の話をしていたらば、それを聞いていた一人が、いぶかしげな表情で、こう言いました。

     「司法が身近になることが、庶民にとってそんなにいいことか?」

    これが、言葉の行き違いのようなものであることは、もちろん、すぐに分かりました。つまり、「改革」がいうのが国民に身近な司法の「体制」であるのに対し、彼がいうのは、司法に身近に接しなければならない「状況」なのでした。

     司法を必要とする人のために、それを身近な存在なものにしておかねばならないという発想に対して、できれば裁判沙汰や弁護士のお力を借りなければならない紛争の当事者にはならないで済みたい、そうならない社会であってほしい、という発想の違いです。

     もちろん、「改革」を推進してきた弁護士など法曹界の人たちは、必要な人たちへの体制づくりの必要性は強調します。ただ、問題はそれにとどまっていないことです。この社会全体をもう少し、司法に近づける発想がそこに内在しています。

     「裁判沙汰にならない」部分に、泣き寝入りや不正な解決が潜在しているという考え方が、以前にも紹介した、この「改革」のスローガンとなった「二割司法」という発想の中にはあります。また、度々、紹介している政府の司法制度改革審議会のいう法曹を「社会生活上の医師」に例える発想にも、弁護士にもっと社会全体を接しやすくするという方向です。

     つまり、これらは「今、必要と思っている人たち」への受け皿ではなく、「たとえ今は、必要としていなくても、もっと法曹が活用される社会になることが望ましい」という考え方です。

     もちろん、これを正当化するには、大量な泣き寝入りなどの潜在的にニーズを裏付ける現実が社会になければなりません。あるいは、大衆自身が気づいていない、望ましくない解決の形がこの社会にはびこっていると。弁護士を増やすことになっている「八割が眠っている」という見方もそこにあります。

     しかし、果たして本当にそれは存在しているのでしょうか。そして、肝心なことは、そこの部分の認識を社会は、果たして共有しているのかということです。

     弁護士の中にも、疑問符をふる人がいます。詳しくは、また回を改めますが、社会の隅々まで弁護士が行きわたれば社会がよくなる、という弁護士会内の議論は、一般人を馬鹿にしていると書いた弁護士もいます(武本夕香子「法曹人口問題についての一考察」)。

     日本もアメリカのような、何ごとも弁護士に相談し、訴訟に持ち込む「訴訟社会」を目指すのか、という懸念論に対して、必ずいわれるのは、大前提としての日本の司法の機能不全が生んでいる、泣き寝入り、不正解決などの実態でした。「訴訟社会」には絶対にならないという人もいますが、たとえリスクをとっても、今、目指すべきはそちらの方向ととれる言い方をする人が、法曹界には多いです。

     そもそもそんなニーズがあるのならば、なぜ、今、弁護士が経済難なのだ、と思う人もいるでしょう。度々書いているように、有償・無償のニーズがごちゃ混ぜの議論が行われているからなのですが、ここでイケイケの方たちは、必ず「掘り起こし」という言葉を使います。眠っているル潜在的なニーズがあるんだからどんどん弁護士が掘れ、ただし、たきつけたりはしないように。

     正直、この話を聞くたびに、市民目線じゃないな、と感じてしまいます。おっしゃる意味は、分かりますが、市民側からすると「掘り起こし」と「たきつけ」の区別はつきません。百歩譲っても、そこの区別をどうつけるのか、かなり危うい話です。

     アメリカの法律事務所のCМでは、画面の向こうから、視聴者を指さし、「あなたは今、○○ドル損をしているかもしれない」と呼びかけるものがあるそうです。たまたま、向こうでそれを見ていたビジネスマンは驚いていましたが、「いいね、日本は。まだ、弁護士がこんなことをしないから」とも言っていました。このCМは「掘り起こし」でしょうか、「たきつけ」でしょうか。結局、そんな区別がつかない形になっていくのが「訴訟社会」化の現実だと思います。

     大衆が求める「身近」とはどんなものなのか。そして、どんな形の社会を求めているのか。この「改革」は、そんな投げかけをしたうえで、国民が本当に求めるものを目指しているのでしょうか。

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    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
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