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    「改革」設計者の止まった発想

      「給費制」問題が取り上げられた3月23日の衆院法務委員会で、この日、参考人として呼ばれた元司法制度改革審議会会長の佐藤幸治・京都大学名誉教授らを前に、自民党の河井克行議員が、新法曹養成・法曹人口政策を、こんなふうに例えました。

      「一軒の家に例えれば、設計が間違い、かつ施工も不良で、新築の時から土台から傾き始め、築後9年目、誰の目にももはや住むことができない状態であることが明らかであるにもかかわらず、台所の水漏れをどう凌ぐかということを考えている」

     これがどれだけ分かりやすい例えであるかは、この問題を直視してきた方ならば、誰でもお分かりになるように思います。彼も説明していますが、いうまでもなく志望者の経済的困窮は、なにも司法研修所で始まったわけではなく、法科大学院創設当時から多額の経費と無収入が原因となっているのは紛れもない事実であり、弁護士市場の混乱と就職難は年間3000人を目標とした今の法曹人口増大計画が原因――とみることができるからです。彼は「台所の水漏れ」と表現しましたが、「給費制」問題以前に、見直すべきこの「改革」の根本問題が存在しているという、ある意味、至極当然なことを言っていることになります。

     そして、この日、河井議員は、その認識に立って、この「改革」路線の生みの親の一人といってもいい、参考人の佐藤・元司法審会長に対し、これまた至極当然ともいえる次のような二つの質問をしました。

     ① 2010年の司法修習修了生の弁護士未登録者が12%であったのに2011年は22%と1年間で10ポイント増、2007年は4%でありわずか4年で18ポイント増えた。月数万円の弁護士会費も払えない、どこの事務所も仕事がなく新人を雇えないという報道もなされている。これは運転免許でいえばペーパードライバーの大量生産ではないか。これでも、佐藤参考人は今でも年間3000人の弁護士を作るべきと考えているのか、そうならばその根拠を示されたい。
     ② 司法審では、この「3000人」方針について、むしろ慎重論が多かった。なぜ、これが決まったのかその経緯について聞きたい。

     これに対する佐藤・元司法審会長の答弁は、「簡潔に」という注文がついた限られた時間内のものであったとはいえ、以下のような、実にあっさりとしたものでした。

     ① 企業内弁護士は2001年当時60数名だったのが、現在は既に500台半ば、北陸銀行では弁護士を毎年3名ずつ採用する方針、さる国立大学で2名を正規の職員として公募、法テラス専任弁護士を220名を越えている。国際機関に出ている人もいる。やっといろいろな方面に弁護士資格を持った人たちの目が向き出し始めている。
     ② 「3000人」をめぐっては激しい議論をした。最も激しい議論だったが、それでも最終的にはそこにいこう、ということで決まった。国民の司法参加の話もあり、これは非常に弁護士の負担になる。戦前の陪審制失敗のひとつの理由は全国的に対応する弁護士が不足していたから。私の気持ちのなかでは、法曹人口増員が決まらなければ、国民の司法参加について、地に足をつけた議論ができないという思いだった。中坊公平さんは「二割司法」をおっしゃり、日本は国民の需要の二割しか司法が対応していない、あとは泣き寝入りや怪しげなところに相談にいったりであり、これをなんとかしなければならない。中坊さんはもっと多い人数を言われたように思うが、議論してまず2010年までに3000人を目指そう、ということになった。ノキ弁とかが言われているが、元気よく4,5人のグループでやっている人がいるのも知っている。若い人がいろいろなところで挑戦している。むしろ弁護士会やわれわれが、そうした若い人を後押しするシステムを早く用意するのが重要。国民の法に対する需要は潜在的には決して小さくないと確信している。

     要するに、弁護士の関心が多様な仕事に向き出していることと、国民の潜在的需要は大量にあるから3000人方針は、今でも正しい。そして、当時の方針決定には、国民の司法参加と「二割司法」打破という発想があった、ということをおっしゃりたいようにとれます。

     この日、河井議員は、これ以上佐藤元会長には、突っ込んではいません。ただ、もはや言うまでもないことですが、弁護士の多様な関心が向き出した先の「受け皿」の規模が果たしてこの大増員に見合うのか、大増員を経済的に支える潜在需要が果たしてあるのか、「二割司法」という見方は本当に正しいかったのか、という、いまや当然の突っ込みどころがあることを、佐藤元会長はご存知ないのでしょうか。

     そもそも彼は「受け皿」という見方をしていません。増員によって、これまで関心のなかった分野に弁護士の目が向いてきたことが、増員の成果であり、今後もこの方針を維持すべき理由としているようです。「受け皿」側にお願いして、弁護士を採用してくれるように働きかけなければならない状況は、まるでないかのようであります。

     依然として、「二割司法」と潜在的ニーズ、はたまた裁判員制度を持ち出して、「3000人」方針決定の正しさと今後の維持の必要性をいう制度設計者。やはり河井議員が例えた「家」の惨状を認めることができない彼の時間は、2001年で止まっているように思えてしまいます。


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    動機ではなく手段を誤ったのかと

    司法試験予備校にとられた学生を、大学法学部が取り戻そうとする動機自体は不純とは言い切れないと私は思っています。
    客を競合店にとられたスーパーマーケットが取り戻そうとするのはごく当り前であり、それと変わらないからです。
    ただ、司法試験予備校を敵視、悪者扱いし、彼らのやり方をよしとしなかった点で、大学法学部は完全に視点と手段を誤りました。
    法曹を目指す学生たちがなぜ司法試験予備校を支持するのかを素直に冷静に分析し、自分たちにないところ、自分たちより優れているところは取り入れるべきだったんです。競合対策、マーケティングの基礎中の基礎だと思いますが、自分で金儲けをする必要のない研究者や、事実上他業種からの参入があり得ないお偉方の弁護士では、そういう発想をすること自体不可能だったんでしょうね。
    その結果、顧客(=法曹志望の学生)のニーズに全く合わない制度を作り出してしまったのだと考えています。
    佐藤幸治氏が制度の惨状を認められないのは、彼が学者・研究者だからでしょう。実務家、経営者は時間の経過、環境の変化に応じて方針や手段を臨機応変に変える必要があるのに対し、学者・研究者は自分の仮説に徹底的にこだわって研究を深め、検証するのが本質です。そして研究者にとって10年、20年というのは、必ずしも自分の考えを変えるに十分な時間ではないことが往々にしてあるのではないかと。時間が止まっているのではなく、時間の流れ方がちがうということだと理解しています。
    それはともかく、失業者ならぬ「無業者」を大量に生み出す国家規模の仕組みを作ってしまって、これからどうするつもりでしょうね。

    利益関係者としての大学と教授

    私は東京大学法学部と,司法試験予備校(伊藤塾ほか)の両方の教育を受け,旧司法試験に合格した者です。

    法学の初等教育において,東大と伊藤塾のどちらが分かりやすく,どちらが優れていたか,と言えば,圧倒的に伊藤塾だった,伊藤塾の伊藤真先生のお蔭で,主要6法について,基本的な理解を得ることが出来,司法試験に合格できた,と思っています。

    東大では,芦部(憲法),星野(民法),江頭(商法),新堂(民訴)など,著名教授に教わりましたが,わかりやすい教育とは言えないものでした(教授個人よりもカリキュラムの問題が大きかったと思いますが)。

    受験予備校を悪者にし,法学教育を予備校から大学に取り戻そうとした司法改革・法科大学院制度が失敗したのは,そもそもの動機に不純があったのではないでしょうか?

    大学や大学教授は,法科大学院制度においては利害関係者であって,客観的な意見を述べる中立性を,そもそも有していない点について,充分に留意すべきだと思います。
    プロフィール

    河野真樹

    Author:河野真樹
    司法ジャーナリスト。法律家向け専門紙「週刊法律新聞」の記者・編集長として約30年間活動。コラム「飛耳長目」執筆。2010年7月末で独立。司法の真の姿を伝えることを目指すとともに、司法に関する開かれた発言の場を提供する、投稿・言論サイト「司法ウオッチ」主宰。http://www.shihouwatch.com/
    妻・一女一男とともに神奈川県鎌倉市在住。

    旧ブログタイトル「元『法律新聞』編集長の弁護士観察日記」


    河野真樹
    またまたお陰さまで第3弾!「司法改革の失敗と弁護士~弁護士観察日記Part3」
    河野真樹
    お陰さまで第2弾!「破綻する法科大学院と弁護士~弁護士観察日記Part2」
    河野真樹
    「大増員時代の弁護士~弁護士観察日記Part1」

    お買い求めは全国書店もしくは共栄書房へ。

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