「沈黙する会員」と会内民主主義
弁護士会の意思決定のあり方について、会員である弁護士の不満は、近年、高まっています。
これまでも書いてきましたように、弁護士会は強制加入団体であり、それがゆえに、その意思決定については、公平・公正に会員の意思をくみ上げることが求められています。この世界で、会内民主主義という言葉が頻繁に使われ、重要な決定については、総会で会員が意見を述べ、採決に参加できる直接民主制を基本としていることも、そのことからくるものです。
ただ、一方で、弁護士会の「サイレント・マジョリティ」の存在は、以前からいわれていました。これは、意思決定の方針に対して、常に多数派に白紙委任する多数の会員が存在してきた、という現実です。
一般の感覚からすれば、これはあるいは意外なことかもしれません。理論的な思考で飯を食っているような弁護士が、自分の頭で考えずに多数派に同調するようなことがあるのだろうかと。結論からいえば、この社会一般に存在するような無関心層も、政治的な力学で流される人的つながりも、弁護士会内にも例外なく存在する、ということにはなります。
この現実に対して以前からあった、全体からいえば少数派だった不満層が、冒頭、書いたように弁護士会内で広がりをみせているのは、一つには、「司法改革」という明確な争点が現れ、とりわけ、増員問題など、多くの会員個人の業務に切実な影響を及ぼすテーマが登場したことがあります。
およそ弁護士会の政策決定とは、無縁の日常業務をこなしている多くの弁護士が、これまでの会内議論のテーマについて「自分には関係ない」「どっちでもいい」という意識のなかで、多数派に同調してきた現実がなかったわけではありません。それが無関心ではいられなくなった面はあります。
もう一つは、以前も書きましたように、増員の影響もあり、弁護士の勢力図がぐっと若年者に偏りだし、そうした層にとってより切実なテーマが挙げられていることと同時に、意識自体も少しずつ変化しているような印象を持ちます。
しかし、その一方で、こうした状況のなかで、弁護士会執行部の姿勢は、逆により会員意思のくみ上げよりも、上から下への方針徹底を重視する方向になっている、という見方がなされています。会として会員の意思統一が難しくなってきていることへの、むしろ「締め付け」ととらえている会員もいますし、それでも実は執行部よりの意見と、一般会員の意思はどんどん乖離してきている、という意見もあります。
もちろん、日弁連執行部は、常に総会で会員に諮り、圧倒的多数の会員の賛同をもって、方針を決定してきた、と言うと思います。ただ、現実は少々違います。
総会には委任状の制度があり、本人出席をしないでも票にカウントされる制度があります。「出席できない多数の会員意思をくみ上げるため」という大義名分がありますが、結果、全会員に対し本人出席2%未満、委任状出席を合せても、約3分の1程度の賛成多数で方針が決定されている現実があります。
不満なら出席して反対すればいい、ということになるかもしれません。しかし、3分の2を白紙委任の賛成派とみなし、かつ討論に参加しない委任状出席者の票を方針決定の決め手にするような形が、前記した強制加入団体の意思決定のあり方としてふさわしいのか、さらにいえば無理があるのではないか、ということなのです。
日弁連は、2009年12月に開いた臨時総会で、総会で出席会員が行使できる委任状の数を1人、30から50に拡大することを決定しました。この時も、執行部側からは、会員数の増加に合わせて、より会員の意思を反映させるためという提案理由が述べられていますが、出席会員の中からは、会内民主主義の空洞化をさらに進めることに懸念する反対意見が強く出されました。このときも結局多数の委任状出席票で議案が可決されています。
さて、会員の意識が変わってきたということも書きましたが、ある弁護士ブロガーが会費値上げなどを決めた先日の2月9日の臨時総会に出席したときの率直な思いをつづっています(「赤ネコ法律事務所・別館!」)。
これが会員のいつわらざる心境だろうと思う時、弁護士会内世論の「臨界点」が、いよいよ近くなってきているのではないかという印象を持ってしまいます。

にほんブログ村

にほんブログ村


これまでも書いてきましたように、弁護士会は強制加入団体であり、それがゆえに、その意思決定については、公平・公正に会員の意思をくみ上げることが求められています。この世界で、会内民主主義という言葉が頻繁に使われ、重要な決定については、総会で会員が意見を述べ、採決に参加できる直接民主制を基本としていることも、そのことからくるものです。
ただ、一方で、弁護士会の「サイレント・マジョリティ」の存在は、以前からいわれていました。これは、意思決定の方針に対して、常に多数派に白紙委任する多数の会員が存在してきた、という現実です。
一般の感覚からすれば、これはあるいは意外なことかもしれません。理論的な思考で飯を食っているような弁護士が、自分の頭で考えずに多数派に同調するようなことがあるのだろうかと。結論からいえば、この社会一般に存在するような無関心層も、政治的な力学で流される人的つながりも、弁護士会内にも例外なく存在する、ということにはなります。
この現実に対して以前からあった、全体からいえば少数派だった不満層が、冒頭、書いたように弁護士会内で広がりをみせているのは、一つには、「司法改革」という明確な争点が現れ、とりわけ、増員問題など、多くの会員個人の業務に切実な影響を及ぼすテーマが登場したことがあります。
およそ弁護士会の政策決定とは、無縁の日常業務をこなしている多くの弁護士が、これまでの会内議論のテーマについて「自分には関係ない」「どっちでもいい」という意識のなかで、多数派に同調してきた現実がなかったわけではありません。それが無関心ではいられなくなった面はあります。
もう一つは、以前も書きましたように、増員の影響もあり、弁護士の勢力図がぐっと若年者に偏りだし、そうした層にとってより切実なテーマが挙げられていることと同時に、意識自体も少しずつ変化しているような印象を持ちます。
しかし、その一方で、こうした状況のなかで、弁護士会執行部の姿勢は、逆により会員意思のくみ上げよりも、上から下への方針徹底を重視する方向になっている、という見方がなされています。会として会員の意思統一が難しくなってきていることへの、むしろ「締め付け」ととらえている会員もいますし、それでも実は執行部よりの意見と、一般会員の意思はどんどん乖離してきている、という意見もあります。
もちろん、日弁連執行部は、常に総会で会員に諮り、圧倒的多数の会員の賛同をもって、方針を決定してきた、と言うと思います。ただ、現実は少々違います。
総会には委任状の制度があり、本人出席をしないでも票にカウントされる制度があります。「出席できない多数の会員意思をくみ上げるため」という大義名分がありますが、結果、全会員に対し本人出席2%未満、委任状出席を合せても、約3分の1程度の賛成多数で方針が決定されている現実があります。
不満なら出席して反対すればいい、ということになるかもしれません。しかし、3分の2を白紙委任の賛成派とみなし、かつ討論に参加しない委任状出席者の票を方針決定の決め手にするような形が、前記した強制加入団体の意思決定のあり方としてふさわしいのか、さらにいえば無理があるのではないか、ということなのです。
日弁連は、2009年12月に開いた臨時総会で、総会で出席会員が行使できる委任状の数を1人、30から50に拡大することを決定しました。この時も、執行部側からは、会員数の増加に合わせて、より会員の意思を反映させるためという提案理由が述べられていますが、出席会員の中からは、会内民主主義の空洞化をさらに進めることに懸念する反対意見が強く出されました。このときも結局多数の委任状出席票で議案が可決されています。
さて、会員の意識が変わってきたということも書きましたが、ある弁護士ブロガーが会費値上げなどを決めた先日の2月9日の臨時総会に出席したときの率直な思いをつづっています(「赤ネコ法律事務所・別館!」)。
これが会員のいつわらざる心境だろうと思う時、弁護士会内世論の「臨界点」が、いよいよ近くなってきているのではないかという印象を持ってしまいます。

にほんブログ村

にほんブログ村


スポンサーサイト