司法積極活用論の「落とし穴」
今回の「司法改革」が目指した日本社会は、基本的に「司法が広く活用される社会」ということができます。2001年に出された「改革」の「バイブル」、司法制度改革審議会最終意見書のなかには、こんな記述があります。
「法の下ではいかなる者も平等・対等であるという法の支配の理念は、すべての国民を平等・対等の地位に置き、公平な第三者が適正な手続を経て公正かつ透明な法的ルール・原理に基づいて判断を示すという司法の在り方において最も顕著に現れていると言える」
「それは、ただ一人の声であっても、真摯に語られる正義の言葉には、真剣に耳が傾けられなければならず、そのことは、我々国民一人ひとりにとって、かけがえのない人生を懸命に生きる一個の人間としての尊厳と誇りに関わる問題であるという、憲法の最も基礎的原理である個人の尊重原理に直接つらなるものである」
「二割司法」という言葉が意味した、この国の司法の膨大な機能不全。そこに、イメージされたものは、これまでも書いてきたように、これまた膨大な「泣き寝入り」や「不正解決」でした。弁護士は社会の津々浦々まで登場すべきであり、そのためには数も増やさなければならない、という発想につながっていく、このイメージは、これまでよりも、どんどん弁護士をはじめ司法が活用されることが、この国にとって望ましく、さらにはいえば、現状はそれを必要としていることを前提としているようにとれます。
この意見書や、多くの法曹関係者が使うところの「法の支配」という理念からすれば、ある意味、当然のとらえ方であり、また理解されやすい一面があるかもしれません。「司法」がより活用され、そのために弁護士の出番が増えることで、より「正義」が行き渡るならばいい、と誰でも考えるかもしれません。
ただ、この発想には、それに依拠する側の人たちの、「二割司法」をはじめとする現状認識に立つとしても、二つの意味での弱点、落とし穴があったといえます。
一つは、この社会にあふれる「言いがかり」というものに、この発想が寛容なところ、というよりも、結果として寛容にならざるを得ないところです。この司法活用論は、いわば「とりあえず裁判所に」という発想につながっています。建て前からすれば、「言いがかり」であろうがなんであろうが、裁判所が白黒をつければいい。そもそも「言いがかり」かどうかは、裁判所が決めるまで分からない。そうしなければ、「泣き寝入り」を許してしまう――、ということです。
弁護士の登場は、そこに大きくかかわります。彼らがそれを裁判に限らず、法的な「解決」の土俵にのせる役割を果たすことになります。もちろん、こういうことをいえば、その弁護士が依頼者の「言いがかり」的主張に対して、法的にも、あるいはあえていえば社会的な妥当性まで考慮して、入口段階で取捨したり、ときに当事者を説得したりして、無駄な紛争化、事件化はしないのならば、問題ないではないか、という人もいるかもしれません。さらには、「言いがかり」がそう言う形で紛争化したり、あるいは裁判所に持ち込まれることになっても、それで「泣き寝入り」を含め、本来救済されるべきものが救済されることもあるのだから、これはある程度、仕方がないことなのだ、という人もいるもしれません。
ただ、弁護士が前記したような役割を果たしきるという共通認識は、いまやとても社会に形成されているとは思えませんし、後者については「言いがかり」をされる当事者の現実的なコストの問題を並べて考えなければならなくなります。さらには、そもそも、その根本にあった「二割司法」という現状認識そのものが極端な見方であったことがいわれる現在、社会はこの発想を了解するのか、という問題もあります。
そして、もう一つの「落とし穴」は、この発想は、これまで「ルール化」できないもので成り立っていた環境や関係性を一律に破壊する、ということです。その破壊されるものが、すべて前記「二割司法」でくくられているところの、「不正解決」やそれを生む温床のようなものとして考える共通認識もまた、存在しているのか、という問題があるように思うのです。
「日本も訴訟社会化しているというか、裁判制度が気軽に利用できることは民訴学者としては好ましい、望ましいことであるのだが、以下のような訴訟はどうだろう」という書き出しで、町村泰貴・北海道大教授が自身のブログで、あるPTA会費返還請求訴訟に注目しています。子どもが通う小学校のPTAが任意団体であるにもかかわらず、強制加入させられたのは不当として、熊本市内の男性がPTAを相手取り、会費など計約20万円の損害賠償を求める訴訟を起こした、というものです。男性はPTAに同意書や契約書なしに強制加入させられ、会費を約1年半徴収されたと主張し、これまでもPTA側と話し合ってきたが平行線。「憲法21条の『結社の自由』の精神に反している。会則には入退会の自由を明記するべきだ」と。
PTAは任意加入団体であっても、学校と親との橋渡しや親同士の親睦、地域ぐるみの運動会やお祭りの運営主体なったり、さらには予算も、学校や先生からの支出があったり、使い道は学校と生徒児童の全体の利益を図らなければならないなど、その「公的な性格」は顕著。だが法的な裏付けがあるわけでもなく、建て前としては入退会自由な団体でも、実態としては日本人の同調圧力に弱い体質を全面的に利用して、強制加入団体として振る舞ってきた――。町村教授は、PTAの実態について、概ねこう分析したうえで、次のようにいいます。
「一概には言えないが、同調圧力に依拠した強制団体というのは結構普遍的ではなかろうか。その曖昧で建前と本音が乖離している極めて日本的なシステムに、司法の場で白黒つけようじゃないかというわけだから、誠に困ったものだなぁということになる」
まさに、これは前記二番目の「落とし穴」に当たるケースのようにみえます。ある種、ルール化できないもので支えられてきた形を、司法の俎上にのせるものです。あるいは、冒頭の「改革」の発想に立つ人のなかには、それでも「いいではないか」と言う人もいるかもしれません。それこそ、司法で「白黒つけようじゃないか」が、あたかも「法の支配」だというように。あるいは、これも「ただ一人の声であっても、真摯に語られる正義の言葉」であるかのように。ただ、こうした発想の先に、これまで現実的な役割を果たしてきたPTAそのものは、任意団体として、それが持ちこたえられず、「ルール化」できないもが支えてきた協力関係が崩れるとともに、PTAそのものが大きく変質する可能性は考えられるのです。
この「改革」の現実である「落とし穴」について、まず、本当に社会の共通認識はできているのか、あるいはできるのか――。「訴訟社会化」というテーマのなかで、このことが改めて問われていいと思います。
「司法ウオッチ」では、現在、以下のようなテーマで、ご意見を募集しています。よろしくお願い致します。
【法テラス】弁護士、司法書士からみた、法テラスの現状の問題点について、ご意見をお寄せ下さい。
【弁護士業】いわゆる「ブラック事務所(法律事務所)」の実態ついて情報を求めます。
【刑事司法】全弁協の保釈保証書発行事業について利用した感想、ご意見をお寄せ下さい。
【民事司法改革】民事司法改革のあり方について、意見を求めます。
【法曹養成】「予備試験」のあり方をめぐる議論について意見を求めます。
【弁護士の質】ベテラン弁護士による不祥事をどうご覧になりますか。
【裁判員制度】裁判員制度は本当に必要だと思いますか
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「法の下ではいかなる者も平等・対等であるという法の支配の理念は、すべての国民を平等・対等の地位に置き、公平な第三者が適正な手続を経て公正かつ透明な法的ルール・原理に基づいて判断を示すという司法の在り方において最も顕著に現れていると言える」
「それは、ただ一人の声であっても、真摯に語られる正義の言葉には、真剣に耳が傾けられなければならず、そのことは、我々国民一人ひとりにとって、かけがえのない人生を懸命に生きる一個の人間としての尊厳と誇りに関わる問題であるという、憲法の最も基礎的原理である個人の尊重原理に直接つらなるものである」
「二割司法」という言葉が意味した、この国の司法の膨大な機能不全。そこに、イメージされたものは、これまでも書いてきたように、これまた膨大な「泣き寝入り」や「不正解決」でした。弁護士は社会の津々浦々まで登場すべきであり、そのためには数も増やさなければならない、という発想につながっていく、このイメージは、これまでよりも、どんどん弁護士をはじめ司法が活用されることが、この国にとって望ましく、さらにはいえば、現状はそれを必要としていることを前提としているようにとれます。
この意見書や、多くの法曹関係者が使うところの「法の支配」という理念からすれば、ある意味、当然のとらえ方であり、また理解されやすい一面があるかもしれません。「司法」がより活用され、そのために弁護士の出番が増えることで、より「正義」が行き渡るならばいい、と誰でも考えるかもしれません。
ただ、この発想には、それに依拠する側の人たちの、「二割司法」をはじめとする現状認識に立つとしても、二つの意味での弱点、落とし穴があったといえます。
一つは、この社会にあふれる「言いがかり」というものに、この発想が寛容なところ、というよりも、結果として寛容にならざるを得ないところです。この司法活用論は、いわば「とりあえず裁判所に」という発想につながっています。建て前からすれば、「言いがかり」であろうがなんであろうが、裁判所が白黒をつければいい。そもそも「言いがかり」かどうかは、裁判所が決めるまで分からない。そうしなければ、「泣き寝入り」を許してしまう――、ということです。
弁護士の登場は、そこに大きくかかわります。彼らがそれを裁判に限らず、法的な「解決」の土俵にのせる役割を果たすことになります。もちろん、こういうことをいえば、その弁護士が依頼者の「言いがかり」的主張に対して、法的にも、あるいはあえていえば社会的な妥当性まで考慮して、入口段階で取捨したり、ときに当事者を説得したりして、無駄な紛争化、事件化はしないのならば、問題ないではないか、という人もいるかもしれません。さらには、「言いがかり」がそう言う形で紛争化したり、あるいは裁判所に持ち込まれることになっても、それで「泣き寝入り」を含め、本来救済されるべきものが救済されることもあるのだから、これはある程度、仕方がないことなのだ、という人もいるもしれません。
ただ、弁護士が前記したような役割を果たしきるという共通認識は、いまやとても社会に形成されているとは思えませんし、後者については「言いがかり」をされる当事者の現実的なコストの問題を並べて考えなければならなくなります。さらには、そもそも、その根本にあった「二割司法」という現状認識そのものが極端な見方であったことがいわれる現在、社会はこの発想を了解するのか、という問題もあります。
そして、もう一つの「落とし穴」は、この発想は、これまで「ルール化」できないもので成り立っていた環境や関係性を一律に破壊する、ということです。その破壊されるものが、すべて前記「二割司法」でくくられているところの、「不正解決」やそれを生む温床のようなものとして考える共通認識もまた、存在しているのか、という問題があるように思うのです。
「日本も訴訟社会化しているというか、裁判制度が気軽に利用できることは民訴学者としては好ましい、望ましいことであるのだが、以下のような訴訟はどうだろう」という書き出しで、町村泰貴・北海道大教授が自身のブログで、あるPTA会費返還請求訴訟に注目しています。子どもが通う小学校のPTAが任意団体であるにもかかわらず、強制加入させられたのは不当として、熊本市内の男性がPTAを相手取り、会費など計約20万円の損害賠償を求める訴訟を起こした、というものです。男性はPTAに同意書や契約書なしに強制加入させられ、会費を約1年半徴収されたと主張し、これまでもPTA側と話し合ってきたが平行線。「憲法21条の『結社の自由』の精神に反している。会則には入退会の自由を明記するべきだ」と。
PTAは任意加入団体であっても、学校と親との橋渡しや親同士の親睦、地域ぐるみの運動会やお祭りの運営主体なったり、さらには予算も、学校や先生からの支出があったり、使い道は学校と生徒児童の全体の利益を図らなければならないなど、その「公的な性格」は顕著。だが法的な裏付けがあるわけでもなく、建て前としては入退会自由な団体でも、実態としては日本人の同調圧力に弱い体質を全面的に利用して、強制加入団体として振る舞ってきた――。町村教授は、PTAの実態について、概ねこう分析したうえで、次のようにいいます。
「一概には言えないが、同調圧力に依拠した強制団体というのは結構普遍的ではなかろうか。その曖昧で建前と本音が乖離している極めて日本的なシステムに、司法の場で白黒つけようじゃないかというわけだから、誠に困ったものだなぁということになる」
まさに、これは前記二番目の「落とし穴」に当たるケースのようにみえます。ある種、ルール化できないもので支えられてきた形を、司法の俎上にのせるものです。あるいは、冒頭の「改革」の発想に立つ人のなかには、それでも「いいではないか」と言う人もいるかもしれません。それこそ、司法で「白黒つけようじゃないか」が、あたかも「法の支配」だというように。あるいは、これも「ただ一人の声であっても、真摯に語られる正義の言葉」であるかのように。ただ、こうした発想の先に、これまで現実的な役割を果たしてきたPTAそのものは、任意団体として、それが持ちこたえられず、「ルール化」できないもが支えてきた協力関係が崩れるとともに、PTAそのものが大きく変質する可能性は考えられるのです。
この「改革」の現実である「落とし穴」について、まず、本当に社会の共通認識はできているのか、あるいはできるのか――。「訴訟社会化」というテーマのなかで、このことが改めて問われていいと思います。
「司法ウオッチ」では、現在、以下のようなテーマで、ご意見を募集しています。よろしくお願い致します。
【法テラス】弁護士、司法書士からみた、法テラスの現状の問題点について、ご意見をお寄せ下さい。
【弁護士業】いわゆる「ブラック事務所(法律事務所)」の実態ついて情報を求めます。
【刑事司法】全弁協の保釈保証書発行事業について利用した感想、ご意見をお寄せ下さい。
【民事司法改革】民事司法改革のあり方について、意見を求めます。
【法曹養成】「予備試験」のあり方をめぐる議論について意見を求めます。
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