「戦争」と沈黙する弁護士会という未来
弁護士会が「戦争」というテーマを取り上げることに対して、「政治的」と批判的な捉え方をする会内の声があります。もちろん、「戦争」を肯定する見方が弁護士の中にあるからではなく、個人としての活動ではなく、強制加入団体である弁護士会が行う活動としての適格性を問題視するものがほとんどです。「戦争」肯定が前提でないのであれば、現在の日本の政治状況そのものを、「戦争」と結び付けるという判断そのものが、「政治的」に偏向しているという捉え方になります。そこはいろいろな捉え方があるだから、という話です。
昨年の安保関連法案をめぐっていわれたことですが、これは「戦争法案」ではなく、安倍政権がいう通り「戦争をしないためのものだ」という言を私は支持している、私以外にもそういう人間はいる、だから、こういう問題は会活動としてふさわしくない、という言い分が典型なものといっていいと思います。だから、本来、最大の人権侵害であるはずの「戦争」というテーマが、弁護士・会として発言すべきものか否かという点に対立軸があるのではない、という見方もできます。
つまり、前記批判的に取り上げる方々も、本当に現状が「戦争」につながる、あるいは差し迫っているという、危機的な状況認識に立った時には、弁護士会として発言すべきという逆の側に立つかもしれない、という見方には一応立てます。もっとも、それでもその会員が強制加入ということを重くみて、たった一人でも異を唱える会員がいるのであれば、(自分の考えを押し殺しても)弁護士会は黙るべき、という考え方を貫くかもしれません。
もしそうだとすれば、この考え方は、基本的に弁護士会というまとまりとしての発言は、社会的な意義はなく、かつ、すべて会ではなく、個人の有志的活動にすべて置き換えられるし、置き換えるべきという、根本的な「価値」の認識にかかわってきます。
ただ、そうした捉え方は、果たして現実的で、かつ社会にとっては有り難いことなのでしょうか。こうした会活動に批判的な弁護士は、よく弁護士自治=強制加入を続ける以上、こうした活動はするな、活動を続けたいならば、自治=強制加入をやめ、任意団体でやれ、というに二者択一の話を出します。しかし、一方で多くの弁護士は、その先のことも実は知らないけではありません。自治を失い、弁護士会に監督官庁が付き、自主懲戒権を奪われたとき、そこで何の圧力もかからず、あるいはそれをものともせず弁護士が徹底的に「戦争」に向おうとする政治権力に立ち向かって、発言を続けられるのかどうかについてです。
「戦争」に向う過程であらわれるのは、「沈黙させられる社会」です。専門家も大衆も、沈黙を余儀なくされるなかで、徐々に外堀を埋められるように「戦争」へと傾斜し、いつのまにか「協力」体制に組み込まれていく。戦後、長く弁護士自治の意義を唱えてきた多くの弁護士たちは、繰り返し戦前の全体主義のなかの弁護士が国家に監督権を握られていたことで、権力に徹底的に対抗す基盤を持ち得なかった歴史的反省を口にしてきました。
弁護士が「戦争」というと、一時代前には、会内でもまるで荒唐無稽な杞憂のように笑う人がいましたが、さすが今はそういう人はみなくなりました。日本の政治状況が、まさに「戦争」を笑いごとではすまされないところに至っているからです。一方で、会内には「改革」による弁護士の経済的異変から、弁護士自治=強制加入を負担ととらえたり、無用とするような見方が強まりつつあります。本ブログのコメントにもありましたが、弁護士会の公的な活動について、社会が求めていないのか、「自己満足」だとする否定的な声もよく耳にするようになり、自治放棄と引き換えに、弁護士会がいわば普通の業者団体化することを歓迎するような欲求が会員間に広がりつつあるようにも見えます。「自己満足」というのであるならばそれを改めるというのではなく、やめてしまえという話です。
しかし、前記「戦争」というテーマを考えたとき、いよいよ弁護士自治の意味、長くいわれてきた前記反省が重みを持ち始めるのではないでしょうか。弁護士・会が「沈黙」を余儀なくされる社会が、どういう社会の到来を意味するのか、それを社会が十分認識しているようにも思えません。個々の弁護士の思想信条と会活動を完全に切り離し、むしろ切り離すことで会が使命を果たせるという、ある意味、非常に現実的な司法判断も既に示されています(「弁護士会意思表明がはらむ『危機』」)。
「戦争」が取り沙汰されているわが国で、弁護士は自らの手で今、「政治的」という批判と、「改革」がもたらした経済的な事情によって、「沈黙」の道を選ぼうとするのでしょうか(「弁護士会が『政治的』であるということ」)。「戦争」が遠くなるのと同様に、弁護士自治の意義をとなえた弁護士たちも過去のものになってきているような、どこか空恐ろしいものも感じます。
弁護士自治と弁護士会の強制加入制度の必要性についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4794
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昨年の安保関連法案をめぐっていわれたことですが、これは「戦争法案」ではなく、安倍政権がいう通り「戦争をしないためのものだ」という言を私は支持している、私以外にもそういう人間はいる、だから、こういう問題は会活動としてふさわしくない、という言い分が典型なものといっていいと思います。だから、本来、最大の人権侵害であるはずの「戦争」というテーマが、弁護士・会として発言すべきものか否かという点に対立軸があるのではない、という見方もできます。
つまり、前記批判的に取り上げる方々も、本当に現状が「戦争」につながる、あるいは差し迫っているという、危機的な状況認識に立った時には、弁護士会として発言すべきという逆の側に立つかもしれない、という見方には一応立てます。もっとも、それでもその会員が強制加入ということを重くみて、たった一人でも異を唱える会員がいるのであれば、(自分の考えを押し殺しても)弁護士会は黙るべき、という考え方を貫くかもしれません。
もしそうだとすれば、この考え方は、基本的に弁護士会というまとまりとしての発言は、社会的な意義はなく、かつ、すべて会ではなく、個人の有志的活動にすべて置き換えられるし、置き換えるべきという、根本的な「価値」の認識にかかわってきます。
ただ、そうした捉え方は、果たして現実的で、かつ社会にとっては有り難いことなのでしょうか。こうした会活動に批判的な弁護士は、よく弁護士自治=強制加入を続ける以上、こうした活動はするな、活動を続けたいならば、自治=強制加入をやめ、任意団体でやれ、というに二者択一の話を出します。しかし、一方で多くの弁護士は、その先のことも実は知らないけではありません。自治を失い、弁護士会に監督官庁が付き、自主懲戒権を奪われたとき、そこで何の圧力もかからず、あるいはそれをものともせず弁護士が徹底的に「戦争」に向おうとする政治権力に立ち向かって、発言を続けられるのかどうかについてです。
「戦争」に向う過程であらわれるのは、「沈黙させられる社会」です。専門家も大衆も、沈黙を余儀なくされるなかで、徐々に外堀を埋められるように「戦争」へと傾斜し、いつのまにか「協力」体制に組み込まれていく。戦後、長く弁護士自治の意義を唱えてきた多くの弁護士たちは、繰り返し戦前の全体主義のなかの弁護士が国家に監督権を握られていたことで、権力に徹底的に対抗す基盤を持ち得なかった歴史的反省を口にしてきました。
弁護士が「戦争」というと、一時代前には、会内でもまるで荒唐無稽な杞憂のように笑う人がいましたが、さすが今はそういう人はみなくなりました。日本の政治状況が、まさに「戦争」を笑いごとではすまされないところに至っているからです。一方で、会内には「改革」による弁護士の経済的異変から、弁護士自治=強制加入を負担ととらえたり、無用とするような見方が強まりつつあります。本ブログのコメントにもありましたが、弁護士会の公的な活動について、社会が求めていないのか、「自己満足」だとする否定的な声もよく耳にするようになり、自治放棄と引き換えに、弁護士会がいわば普通の業者団体化することを歓迎するような欲求が会員間に広がりつつあるようにも見えます。「自己満足」というのであるならばそれを改めるというのではなく、やめてしまえという話です。
しかし、前記「戦争」というテーマを考えたとき、いよいよ弁護士自治の意味、長くいわれてきた前記反省が重みを持ち始めるのではないでしょうか。弁護士・会が「沈黙」を余儀なくされる社会が、どういう社会の到来を意味するのか、それを社会が十分認識しているようにも思えません。個々の弁護士の思想信条と会活動を完全に切り離し、むしろ切り離すことで会が使命を果たせるという、ある意味、非常に現実的な司法判断も既に示されています(「弁護士会意思表明がはらむ『危機』」)。
「戦争」が取り沙汰されているわが国で、弁護士は自らの手で今、「政治的」という批判と、「改革」がもたらした経済的な事情によって、「沈黙」の道を選ぼうとするのでしょうか(「弁護士会が『政治的』であるということ」)。「戦争」が遠くなるのと同様に、弁護士自治の意義をとなえた弁護士たちも過去のものになってきているような、どこか空恐ろしいものも感じます。
弁護士自治と弁護士会の強制加入制度の必要性についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4794
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